150 シャドウ・ナイツオブスティグマ
前回のあらすじ
リンとルゥルゥが戦闘している一方、聖火隊の本陣に3体の影霊が乗り込んできた。
それはかつて《聖痕の騎士団》の同胞であり、ソブラによって影霊にされたヨハンナ・シーナ・カイネであった。
「結界術――転移!」
聖火隊本陣である大聖堂跡地に、影霊と成り果てたかつての同胞が到着したと同時。
予めフロウを中心に転移結界を展開していたハンナが、フロウ達を大聖堂跡地から数百メートル離れた場所へと転移させた。
「お久しゅうございます――皆々様」
転移先は、元城下街の開けた空間。
フロウは誠意を込めて3人を見つめると同時に、得物である錫杖を構える。
先端についた鈴がシャン――と崩落した城下に響く。
『――――』
――光ッ!
「これは……!?」
3人の影霊――最奥に陣取るローブを羽織ったシルエットの影霊が地面に跪き、両の指を複雑な形に絡ませ手印を作ると、大きな結界を展開させた。
「(ヨハンナ様の結界術……どのような効果が付与されているのかは不明ですが、私を閉じ込める術式が刻まれていることは確かです)」
同時に――コートを着たシルエットの影霊が、得物である鋸歯状の刃の鋸鉈を振り上げながら飛び掛かる。
――キィン!
フロウは錫杖の柄で刃を受け止める。
その後もカイネは、次々と激撃を繰り出していく。
力任せに、乱雑に、暴力的な連撃。
だがその1つ1つが高度な技術で研ぎ澄まされ、技から技への繋げ方、フェイントの入れ方は匠の技量。
技と力を兼ね備えた狩人の歯が、フロウの柔肌に喰らいつかんとする飢狼の如き勢いで迫る。
――キン! キィン! キィィンッ!
しかしフロウは杖の中央を持ち、手首を捻りながらくるくると旋回させ、時に持ち手を入れ替え、上下左右から飛来する斬撃を、棒術の要領で弾き、その全てを受け流していく。
カイネの放つ上段薙ぎが、フロウが頭に差している生花の髪飾りを抉り――散った花弁は急速に水分を失いながら、風に煽られ飛び去っていく。
しかしフロウの肉体には、カイネの刃は未だ一合も届いていない。
フロウはこの10年で僧侶の上級職である大僧クラスでありながら、体術の技能も磨いてきた。
自分が尊敬していたかつての同胞たち――
カイネはもっと強かった。
シーナはもっと巧みに指揮ができた。
ヨハンナは更に多くの信頼を部下から勝ち得ていた。
そうやって己を追い詰め、指針にしてきた結果――フロウはヨハンナに負けないカリスマ、シーナに負けない指揮能力、そしてカイネと互角に渡り合える戦闘技能を身に着けるに至っていた。
「(こうしている間も、前線では聖火隊の方々が影霊と戦っています――早く彼等の指揮とサポートに戻らなければ――多少のMP消費は致し方ありません)」
フロウは錫杖を振り回して攻撃を捌きながら、同時に魔力を練り上げる。
「広域大治癒!」
最大出力の回復魔法を、結界全体を満たすようにして発動させる。
四肢の欠損さえも回復させる高出力の治癒魔法。
アンデッド属性である影霊が喰らえば、いかに生前レベル100を超えていた猛者であってもひとたまりもないだろう。
――しかし。
「なッ!? 魔法が発動しない……ッ!?」
結界全体を満たしたはずの広域回復魔法は不発する。
イタズラにMPを消耗しただけの結果に終わった。
『――ッ!!』
動揺した隙を突くように――カイネの凶刃が錫杖の防御を搔い潜ってフロウに迫る。
「ッ!? プロテクト!」
――パリンッ!
咄嗟に障壁魔法を発動させるも――障壁は即座に突破され、フロウの脇腹を鋸鉈が引き裂いた!
「ぐッ!」
バックステップで距離を取り、負傷した脇腹を押さえる。
指の隙間から血が零れ、純白の法衣が赤く染めあがっていく。
「(回復魔法は掻き消された一方、障壁魔法は発動しました……この結界は回復魔法のみを無力化させる結界ということでしょうか……)」
結界の最奥で手印を結んで結界を維持しているヨハンナを見つめながら、フロウは冷静に現状を分析する。
「(そしてカイネ様に切られた脇腹、痛みだけでなく痺れも感じます。この感覚は知っています――聖遺物《朽ち移し《ラストトゥラスト》》による腐敗能力)」
カイネは生前、斬りつけた対象を腐敗させる聖遺物――《朽ち移し《ラストトゥラスト》》の使い手であった。
どうやら影霊化した武器も、生前の得物の特徴を受け継いでいるらしい。
「(ですが流石に聖遺物を起動させ【聖砂の錆塵】を発動することは出来ないはずです――聖遺物の起動には肉体の一部を贄に捧げる必要があるため、霊体である影霊は使えないはず。もし使えるのであれば、ヨハンナ様の結界術で空間を密閉してとっくに発動しています)」
フロウは現状の分析を終え、ゆっくりと立ち上がる。
腰を捻ると、負傷した脇腹に痺れるような痛みが走った。
錫杖を棒術の要領で操るフロウにとって、腰の捻りが制限されるのは痛手であった。
これでは先ほどのようにカイネの攻撃を受け止めるのは無理かもしれない。
「なら――厄介な結界の術者を直接叩きます!」
ザリッ――靴底を地面に擦り付けながら腰を屈め――疾走。
「プロテクト!」
途中すれ違うカイネが行く手を阻もうとするも、フロウは障壁魔法を――カイネの全身を包むように展開させる。
術者を守るための防壁が、敵を閉じ込める檻と化し、フロウはカイネをやり過ごす。
そのまま結界を維持しているヨハンナに肉薄するも――
「ッ!? プロテクト!!」
――フロウの頭上が煌々と照らされる。
頭上から降り注ぐ光の波動。
それが聖属性魔法である【聖罰之鉄槌】であることを即座に見抜いたフロウは、頭上に障壁魔法を展開すると同時にバックステップでヨハンナから離れる。
地面を照らす光の境界線から脱出したと同時に――聖なる光が先ほどまでフロウがいた箇所を焼き焦がした。
「シーナ様ッ!」
『…………!』
同時に鎧のシルエットをした影霊の斬撃がフロウを襲う。
紙一重で回避するフロウ。
「なるほど……シーナ様の役目は無防備なヨハンナ様の護衛ですか」
――パリンッ!
同時に背後から障壁魔法が壊れる音。
檻として発動させた障壁を、カイネが破壊する音であった。
正面にシーナ、背後にカイネ。
封じられた回復魔法。
腐敗して十全に動かない脇腹。
『…………』
『…………』
『…………』
だが、それでもフロウの目は――戦意を失ってはいなかった。
魂を薪にし、命の火にくべ、轟々と燃え盛る闘志を乗せ、フロウは錫杖を振るった。




