148 メイドでアサシン
前回のあらすじ
リンはシドからの指示で、城下で戦っている聖火隊のアシストをしていた。
だが同じくソブラの腹心であるルゥルゥも同じ指示を受けており、リンの前に姿を現すのであった。
――王都奪還作戦が始まる数日前。
「リン――お前には聖火隊の手助けをして貰いたい。正直なことを言えば、ソブラとの戦いにおいてお前は足手まといだ」
「承知しました」
「だがそれは向こうも同じことを考えており、城下での戦いにルゥルゥを投下してくるはずだ。そのルゥルゥの無力化を頼みたい」
――同時刻。
――王都にて。
「ルゥ――そろそろリュシフィールを手に入れたシドが、アサシンのメイドちゃんと一緒に聖火隊と共に攻め込んでくるだろう。アサシンの厄介さは僕もよく知っている。そこでルゥには、メイドちゃんの相手を頼みたい。お願いできるかな?」
「…………」
ルゥルゥは無言で首を垂らし、肯定の意を示した。
奇しくも2人の影霊操術は同じことを考えており、そして想定通り、2人のアサシンは戦場で邂逅するのであった。
***
そして時間は現在に戻り――
「【隠密】――【奇襲】」
「…………ッ!?」
――斬ッ!
人気のなくなった王都城下にて。
2人のラギウ族のアサシンが死闘を繰り広げていた。
アサシンスキルにより姿を消したリンが、ルゥルゥの背後から強襲する。
ルゥルゥは意識外からの攻撃で頸動脈が切れるものの――煙となって無散する。
「偽物ッ!?」
頸動脈を切られたルゥルゥは、アサシンのスキル――【分身】によって作られた偽物だった。
「(【奇襲】)」
「きゃあッ!?」
――斬ッ!
背後を取ったリンの更に背後から、身を隠していた本物のルゥルゥが切りかかる。
二刀の斬撃がリンの背中に十字傷を刻むが――そのリンもまた先ほどのルゥルゥ同様無散した。
「(これも偽物……!)」
ルゥルゥが【分身】を使っていたように、リンもまた同じスキルを予め使っていた。
【分身】は発動中ステータスが半減する性質上――3人以上の分身は使い物にならなくなる。
つまり――目の前にいるルゥルゥは本物。
――斬ッ!
「…………ッ!!」
ルゥルゥはギリギリの所で身を捻り、首を斬るはずの斬撃を背中で受け止め、吹き飛んだ。
「裏の読みあいは私の勝ちですね」
「…………」
煽るリンに対し、ルゥルゥは無言で立ち上がると、太ももに巻いたホルスターに収納したポーションを飲む。
ルゥルゥの背中の傷は、みるみると塞がっていく。
「それ、最後のポーションですよね。私もアサシンだから分かります。身軽であることを強いられるアサシンは必要以上にアイテムを持てない。何度か刃を交えたので、あなたが何処に何を隠しているかは全て把握しています」
「…………」
図星を突かれたルゥルゥであったが――無言を貫き、肯定も否定もしない。
「(ご主人様からルゥルゥ氏が無口で無表情であることは伝えられていますが――これはポーカーフェイスなのか? それともまだ何か奥の手を隠しているのか……?)」
戦況はリンに傾いているように見える。
だがルゥルゥは無表情を崩さない。
それが不気味だった。
「…………」
――パチン。
ルゥルゥは無表情のまま片手を掲げ、フィンガースナップを鳴らす。
それが合図であった。
「ッ!? 影霊!?」
リンとルゥルゥを取り囲むように、無数の影霊が出現する。
ルゥルゥの命令で動く兵隊を、予めソブラから与えられていたらしい。
「くッ!?」
影霊のみであれば、リン1人で対応できた。
影霊の攻撃の合間から、絶え間なくアサシンの強襲が続き、リン1人では捌ききれず――
――斬ッ!
「きゃあッ!?」
「(これで形勢逆転)」
――リンの腕が大きく裂傷する。
二の腕からドクドクと流れる血が、腕から指へと伝っていき、地面に垂れていく。
ルゥルゥは無数の影霊を従えながら、短剣の切っ先をリンに向けた。
膝をついたリンは、負傷した腕を押さえながらルゥルゥを睨む。
「あなたの伏兵はこれで全部ですか?」
「…………?」
それを聞いてどうなる――と言いたげな目。
続いて、どうせあなたはここで死ぬのだから――と言いたげな目がリンを射貫く。
しかしリンは絶体絶命な状況下にも関わらず――微笑を浮かべた。
「忘れたんですか……? 私のご主人様も――影霊操術なんですよ?」
「…………ッ!?」
『『『『ギャッ!? ギャギャッッッッ!?!?』』』』
背後に従える影霊から悲鳴が上がる。
咄嗟にルゥルゥは跳躍し、リンから距離を取った。
一陣の黒い旋風が、先ほどまでルゥルゥのいた場所を横切った。
「(ソブラ様の影霊が――全滅した……!?)」
ソブラから預かった30体の影霊が、たった1体の影霊によって全滅させられた。
ルゥルゥの影霊を一瞬で葬り去った影霊は、ストンと軽やかな足取りでリンの隣に立つ。
その影霊は人の形をしており、両手に短剣を持っている。
そして影霊の群れを瞬殺した身のこなしは――リンやルゥルゥと同じアサシンを彷彿させた。
「助かりました――アニス様」
『…………』
それは――リンが初めて出来た友達。
元《聖痕之陸》――アニス・レッドビーの影霊であった。
「これで今度こそ形勢逆転ですね。こちらはアサシン2人です」
「…………」
ルゥルゥは焦りを崩さず――リンの負傷した腕を目で指摘する。
ルゥルゥもまた、アサシンの観察眼でリンがポーションを所持していないことを見抜いている。
片腕が使えないアサシンなど畏れるに足りず、アニスの影霊と合わせても精々1,5人分の戦力――これならルゥルゥ1人でも対応できると判断した。
「ふふっ――やっぱアサシンでも気付けませんよね?」
「…………?」
不敵に笑うリン。
するとどうしたことか――大きく裂傷していたリンの傷がみるみる塞がっていくではないか。
それはまるで――エカルラートの血を飲んで不老不死となったソブラのように。
「今の私は、ご主人様と同じで不死身です」
「…………ッ!?」
その言葉を聞いて、ルゥルゥは思わず後ずさる。
「そうです。エカルラート様の血を飲みました――それにしても以外です。あなたはソブラから、エカルラート様の血を貰ってないのですね? 貰えなかったのですか? それとも――あなたは不老不死になる恐怖に耐えられない程度の忠誠心しかなかったのですか?」
リンの煽りにより、ポーカーフェイスを貫いていたルゥルゥが、初めて無表情を崩す。
なぜ我が主は――この小娘と違って自分のエカルラートの血を分け与えてくれなかったのか? もし差し出されれば、自分は喜んでそれを飲んで、不死の呪いを受け入れたというのに。
「ソブラの目的は――五大魔公を全て手に入れて新世界を創造することなんですよね? 神様になったソブラは果たして、あなたを新世界に連れていってくれるのでしょうか? そもそも、新世界に現世界の住人を連れていくことがそもそも可能なんでしょうか? あなたは所詮――ソブラにとって使い捨ての道具なのではないですか? 私のご主人様とは違って」
「…………ッ!!」
リンの絶え間ない精神攻撃に、ルゥルゥは眉根を寄せて今まで見せたことのない憤怒の表情を浮かべる。
「(かかった……! 冷静さを失ったアサシンなど、畏れるに足りません)」
リンは勝ちを確信する。
だが――ルゥルゥは元より、アサシンとして戦うことを放棄して、最終手段を取る選択をしていた。
確かに今のルゥルゥは冷静さを失っている。
しかし――最終手段を使えば、今の精神状態など関係なくなる。
身を走る激痛により、思考する余裕などなくなるのだから。
「それは……!?」
ルゥルゥが取り出したのは一本の針。
暗器というよりは、按摩がマッサージに使うような治療用の針に見えるそれを――自らの脳天に突き刺した!
「あ……あ……あ……ッ!」
――グリンッ!
頑なに口を開かないルゥルゥから、絞り出すような声が漏れ――紫色の瞳が反転して白目を剥き、目尻の血管が破裂しそうな程に太く浮かび上がる。
頭部にある秘孔を、脳に到達するほど深く突き刺すことによって身体能力を劇的に向上させる――ラギウ族の奥義。
しかしその代償により激しい痛みに苛まれ――負荷によって寿命を大きく縮めることになる秘術。
10年前――シドとソブラが影霊合戦の際に見せたと言われる――――《蛇穴穿孔》であった。
ルゥルゥが発動した《蛇穴穿孔》は99話でも登場しています。
寿命と引き換えにバフを与えるラギウ族の秘術です(まあバトル物の寿命を引き換えにする技は実質ノーリスクみたいなもんなのですが笑)。
ちなみにアニスの影霊は10年前、自分の死体とリンの死体に偽装した際に、シドが死体を回収していたので影霊化させました。




