147 2人のラギウ族
前回のあらすじ
聖火隊が所持する聖遺物【賛美の聖譜】により聖火隊のステータスは向上し、影霊を倒しながら進軍していくのであった。
「「「「おおおおおおおおおおッッッッ!!」」」」
『『『『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッッッッ!!』』』』
聖譜の恩恵を受け、劇的にステータスの向上した聖歌隊と、おどろおどろしい影色の魔物が衝突し、幾もの血が流れる。
戦士達は時に影霊を薙ぎ払い、時に薙ぎ払われ、フロウが放つ広域治癒で癒され、同時に影霊は内部から破裂していく。
20年間無音を貫いてきた王都が、鼓舞、怒声、悲鳴、嗚咽、咆哮――様々な感情が入り交じった音で坩堝のように渦巻き、その音があたかも合奏に組み込まれた楽器のように、聖歌隊の合唱と調和する。
「蹴散らせええええ!」
「魂を剣の贄に! 祈りを天秤に!」
鼓膜ではなく心臓を震わせるような聖歌隊の歌は、遠く離れた場所まで届き、戦士達を鼓舞し続けている。
影霊達はソブラの【影霊強化】のスキルによって、生前よりもはるかに強いステータスを有している。
だがこの10年間――暗黒時代を生き抜いた聖火隊も数多の修羅場を潜っており、全く引けを取らない。
それもやはり――圧倒的に数で負けていた。
王都奪還の作戦に参加した聖火隊の総数は800人。
対して影霊はざっと見ただけで5000体は超えている。
フロウの回復魔法により定期的に傷が癒えるとはいえ、死者は生き返らないし、じんわりと蓄積していく精神的な疲労までは回復しない。
今はなんとか、隣で戦う仲間や、聖女という象徴の存在によって、なんとか己を鼓舞出来ているものの、敵を切り伏せて先へ進んでいく度に、影霊の濁流に飲み込まれて1人また1人と仲間達が消えていく。
廃墟と化した城下の影から、屋根の上から、時にはくぼみとなった地面の下からも、四方から影霊が襲いかかる。
『ゴラアアアアッ!!』
――斬ッ!
「こ、コイツは他の奴より強ええッ!?」
「そんな……仲間が……一撃でッ!?」
仲間の屍を踏みつけながらも、なんとか前進を続けていた聖火隊の前に、身長3メートルにも及ぶ巨躯の人型影霊が立ちふさがった。
頭部には2本の角が生え、人間が扱うには大きすぎる巨剣を、片手剣でも扱うような手軽さで左右の手に1本ずつ装備した影霊。
――生前はA級ダンジョンのボスを務めていた魔物、オーガであった。
『ゴラアアアアッ!!』
オーガが巨剣を薙ぐ度に、歴戦の猛者である聖火隊の戦士達の胴が分断される。
フロウが回復魔法をかける猶予もなく、一撃でHPが0になり死亡していく。
「なんだコイツは!? 強すぎる!?」
「アルムガルド副隊長を呼んできてくれ!」
「スキア副隊長もだ! 苦労して倒せたとしても、また復活されたら意味がない!」
聖譜の恩恵があってもなお届かない圧倒的実力差に、戦士達の顔が絶望に歪む。
オーガはそんな聖火隊の顔を見て、愉悦を浮かべるも――
「【隠密】」
『ゴアッ!?!?』
――斬
突如オーガが、前触れもなく両膝を突いた。
聖火隊達は何が起こったのか理解出来なかったが、よく見れば、オーガのアキレス腱が刃物で切断されていた。
そのままオーガは自身の巨体を支えきれなくなり、頭から地面に倒れ込みそうになる。
同時に――オーガの正面に陽炎が実体を帯びるように、1人の女が姿を現した。
「【急所突】」
『ゴラアッ!?!?』
アサシンの放った突きが、眉間に深々と突き刺さり――オーガは消滅した。
オーガを倒したのは――褐色の肌に紫色の髪、そして戦場には場違いなメイド服を纏った美女――リンリン・リングランドであった。
シドがソブラと対峙する間、リンは城下にて聖火隊のアシストをするようにシドから指示を受けていたのである。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……俺はなんとか。助かったよ」
「(聖火隊にこんな子いたっけ……?」
聖火隊はリンの存在を訝しがるが、命を助けて貰った手前仲間であることは確かなので、「普段は地方で魔物討伐をしている部隊なのだろう」とリンを仲間として受け入れるのであった。
『『『『グルルルルルルルッ!!』』』』
「ッ!?」
オーガを倒したのも束の間。
すぐに新手の影霊が出現する。
「アルムガルド氏やスキア氏のいる聖火隊本隊は既に先へ進みました。あなた達も早く本隊と合流を。コイツ等は私がなんとかします」
「わ、分かった!」
「頼んだぞラギウ族の嬢ちゃん!」
リンの実力はオーガを瞬殺したのを見て実感している。
戦士達はリンに後を託して、先へ進んだ本体の元へと駆けていく。
その背中を見守りながら、リンは得物である赤い短剣を握り直した。
「【ファイアエンチャント】」
――炎ッ!
付与魔法によって短剣の刃が炎に包まれる。
「【舞闘乱撃】」
――斬! 斬斬斬! 斬ッ!
リンはアサシン特有の短剣スキルを発動。
メイド服のエプロンを翻しながら、迫る影霊を次々と切り伏せていく。
一連の動作はまるで踊っているかのように優雅で、付与された短剣から散る火の粉が、舞い踊るリンを美しく彩る。
10年もの間、シドの隣で戦い続けたリンにとって、この程度の影霊など相手にもならない。
火の鱗粉を撒き散らす1匹の蝶の如き優雅さで、影霊が焼き殺されていくのであった。
しかし――その時。
「…………ッ!」
「この気配!?」
――キィィンッ!
背後から気配なく近づいてくる新手の存在に――寸前の所で察知したリン。
凶刃がリンの首を捉えるギリギリの所で、得物でその強襲を防いだ。
リンを襲った新手は、鍔迫り合あった勢いを利用して背後へ飛んでリンと距離を取って着地した。
「ルゥルゥさんですね。初めまして――リンリン・リングランドと申します」
「…………」
アサシンスキルで姿を消し、リンに奇襲をかけたのは、リンと同じラギウ族のアサシンにしてソブラの腹心――ルゥルゥ・ジンジャーであった。
2人のラギウ族が対峙する。
影霊操術に使える2人のラギウ族。
奇しくも2人は、相対する対象を見て――同じことを思った。
「「((ご主人様の推察通り! であれば――ここでこのアサシンを葬る!))」」




