146 烈火の聖火、賛美の聖歌
前回のあらすじ
王都の城下で、聖火隊と影霊の激戦の火蓋が落ちた。
スキア、アルムガルドといった戦士が戦線を切り開き、フロウが広域治癒でサポートをしていくも、影霊の群れに押し負けそうになる。
フロウは《聖譜》と呼ばれている聖遺物を使い、戦況を動かす決断をするのであった。
「聖歌隊――聖譜の用意を」
「「「「はっ!!」」」」
フロウの指示によって集まったのは、聖火隊の中でも聖教会に籍を置く聖職者達。
全員が剣と天秤のエンブレムのついた白い法衣を纏っていた。
「魂を剣の贄に、祈りを天秤に」
「「「「魂を剣の贄に、祈りを天秤に!!」」」」
聖歌隊と呼ばれた僧侶達は、警句を唱えると懐から楽譜を取り出し、戦場全体に響き渡るような声量で讃美歌を歌唱する。
その楽譜に記されているのは――ただ主を賛歌するものではない。
楽譜そのものが――聖遺物であった。
――其は戦列築きし聖なる騎士団
――白き乙女率いる聖火隊
――灯せ 灯せ 聖火を灯せ
――刻め 刻め 主の印たらん聖痕を
「なんだ? 力が漲るぞ!?」
「凄い! これならダンジョンボスクラスの影霊だろうと倒せるぜ!」
戦線で戦う聖火隊の傷ついた体が淡く輝き、歌声に呼応して魂が歓喜するような感覚に包まれた。
その歌は彼等を守る音のヴェールであり、同時に得物に音の刃が纏わりつく。
【賛美の聖譜】――譜面の通りに歌うことで、味方全体の能力を劇的に向上させる効力を持つ聖遺物だ。
聖歌隊の美声が王都を包み、悲鳴、雄叫び、鼓舞、剣戟、魔法の激突音――戦場にこだまする全ての音を奏楽にコーラスを響かせる。
――我ら鍛えし灰燼の刃
――我ら吟ずる戦の囃子
――主より育みし骨法捧げ
――主より賜りし五臓還さん
――剣で舞え
――神楽で祓え
――魔の法を鳴らせ
――音の刃を贄に捧げよ
――命の火を奏でよ
――主への祈りを火に焚べよ
血がしぶき、四肢が千切れ、首が飛び、影が千切れ、同時に癒され、同時に影が湧き出し、それでも大切な仲間達が死んでいく。
「(回復が間に合わない……! 聖歌の影響で興奮して、皆さんの痛覚が麻痺している! でも、ここで聖歌を止める訳にもいきません……!)」
そんなことは戦線で戦う戦士達も承知の上であった。
命を削りながら戦い、例え味方の屍の背を踏んでもなお前へ前へと、影を切り開きながら進んでいく。
足元に積み重なる仲間達の意思を受け継ぐように、耳に届いた麗しい声音が、戦士達を鼓舞し、そして力を与える。
――願わくば
――勇ましき父神に
――破魔の奏で及ばんことを
――願わくば
――麗しき聖女に
――退魔の詩歌飽かんことを
聖歌が告げている。
死は恐ろしいものではないと。
聖歌が告げている。
この聖戦を天に召します主が見ていることを。
聖歌が告げている。
信仰の元、散っていった騎士達を労わり、天の門を開けて待っていることを。
「ごはッ!?」
聖歌を唱える聖歌隊の1人が、血を吹いて倒れる。
「大丈夫ですか!?」
フロウは慌てて彼女に駆け寄り、回復魔法をかける。
「わ゛だじの゛事は……構わ゛ずに゛……どう゛が……聖女様ば……戦地で戦う゛彼ら゛に゛……回復魔法を゛……ッ゛!」
フロウの胸の中で横たわる少女の声は、先ほどまで綺麗な声音で歌唱していたとは思えないくらい荒れていた。
【賛美の聖譜】は代償として喉に深刻なダメージを与え、最終的に発声能力を失う代物であった。
だがそれを複数人で同時に歌うことで、代償を分割し、喉の負担を軽減させ、結果発動時間を延長ことに成功していた。
それでも――分割しているだけ。
体力の少ないものから、喉が潰れていく。
聖譜を奏でる他の聖歌隊は顔も、喉を走る激痛により、苦痛で歪んでいる。
唇の端から血を垂らしながらも、それでも喉を震わせ続けている者もいる。
だが――それでも、影霊と死闘を繰り広げている戦士の為に、彼等彼女等は歌い続ける。
――祈れ 祈れ
――我らの祈りを天秤に
――剣の贄となりても
――天の国へ召されんことを
――刻め 刻め
――爛れても輝く聖痕を
――聖火の灰となりても
――女神の腕に凱旋せることを
聖歌隊の歌が響く。
例え――他者よりも優れた歌唱能力を喪失しようとも。
例え――二度と声を出せなくなろうとも。
信頼した聖火隊の戦士達が、影霊を滅ぼし、シドを討つことを信じて。
その先に、ただ娯楽のためだけに歌を歌える世界が来るのを信じて。
聖火隊という戦闘組織に所属する聖歌隊という部隊が存在する訳ですが――自分で書いてて紛らわしいです。
読んでいる方はもっと紛らわしいかと思います。申し訳ございません。
聖火と聖歌をかけたネーミングにしたら、聖火も聖歌も両方作中に出てきてしまいました……。




