145 王都最終決戦
前回のあらすじ
シドが使役するリュシフィールの光線により、王都を包んでいた魔霧は消失する。
シドはそのままソブラのいる王城に乗り込み、謁見の間にてソブラと10年ぶりの再会を果たすのであった。
「うおおおおお!! 霧が晴れたぞ!!」
「見ろ! 王都が見える!!」
「流石は聖女様だ!」
「10年間決して晴れることのなかった霧が跡形もなく……まさに奇跡だ!」
フロウが【陽竜の聖息】――正確にはタイミングを合わせてシドの使役するリュシフィールの放った【黒竜の破息】によって――産み落とすククルカンが創造した魔霧が消滅する。
見守っていた聖火隊の面々は、フロウが起こした奇跡を賞賛していた。
「(これで良いのです。綺麗ごとだけで理想は実現しないのであれば――私はいくらでも心を汚します。事実、これで聖火隊の士気は劇的に向上しました)」
フロウは嘘をつく慙愧の念に苛まれるも、それを面に出さないように務める。
教皇が不在の現在――現存している唯一の聖女であるフロウこそが聖教会の象徴であり、フロウが奇跡を起こすことこそが、最終決戦の士気を高めるのに重要なことであったのだ。
「ハンナさん――霧が晴れ大聖堂の転移結界が使用できるはずです。転送をお願いします」
「承知しました」
フロウは最前列に立っている部隊長の1人――ハンナ・ホーエンツォレルンに指示を出す。
短く切り揃えた銀髪にメガネをかけた知的な少女は、シドとの戦いで殉職した《聖痕之弐》――ヨハンナ・ホーエンツォレルンの孫娘であった。
王都出身のシスターであったが、修行として地方の修道院に出向していたことで、彼女は10年前の災禍から逃れていた。
そしてハンナは祖母と同じ【結界術師】のユニーククラスを持っており、結界同士を繋げて転移させる【転移結界の術】を持っていた。
「【転移結界】!」
聖火隊の大隊が巨大な魔法陣に包まれ、瞬きした瞬間には――王都中央区である大聖堂に転移していた。
「(ここが……あの荘厳だった大聖堂……今や荒れて見る影もありません)」
フロウは荒れ果てた大聖堂跡地の惨状に胸を痛めるが、感傷に浸っている場合ではない。
即座に部下に指示を出し、聖火隊は大聖堂を抜けて王都を目指す。
「うおおおおおおお!!」
「憎きシド・ラノルスを今日こそ討つぞ!」
「進めええええ!」
『『『『ギギャアアアアアアアア!!!!』』』』
王都には至る所が影霊で溢れており、聖火隊は青い瞳の影霊に飛び掛かる。
「ハンナさん――あなたは大聖堂の図面を把握しておりますよね? 聖宝庫へ行って聖遺物が残っていないか確認してきて下さい」
「はッ! 承知しました!」
「(まあ――ほぼ確実にソブラが回収しているとは思いますが、万が一がありますからね)」
ハンナ以外にも――本陣として定めた大聖堂跡地に残る部下にも指示を出す。
その後――フロウも戦闘に参加すべく、白い法衣を翻しながら、跳躍して大聖堂の外壁の縁に着地した。
高所から戦場を俯瞰する。
聖火隊の士気は高く、訓練も十分に施し、また全員がA級冒険者に匹敵するだけのステータスを所持している。
だがそれでも影霊の群れに苦戦を強いられていた。
影霊強化によって、影霊は生前の姿よりもはるかにステータスが上がっているからだ。
「【義金の聖眼】」
――眼ッ!
戦況を把握したフロウは――左目に施された聖遺物を起動させる。
碧眼の左目が金色に輝き、青と金のオッドアイ姿になる。
「《透視》――《広域治癒》」
――光ッ!
彼女はそのままお得意の回復魔法を戦場全体にかける。
「傷が治った……!?」
「聖女様のお力か!」
「しかも影霊の動きが鈍ったぞ!!」
『『『『グオオオオオオッ!?』』』』
負傷した聖歌隊の隊員の傷が癒えると同時に――アンデッド属性である影霊は深手を負う。
フロウの現在のレベルは90。
人間離れしたMPを内蔵してるとはいえ、この規模の回復魔法をかけようものなら、数発でMPが尽きてしまうだろう。
だが――彼女の金色の聖眼が、魔力の出力を限りなく小さくさせていた。
10年前――シドと敵対していた時に、シドを倒すために移植した義眼タイプの聖遺物。
その能力は視力の劇的な向上――だけではない。
10年間、文字通り共にあり続けた聖眼は、フロウに更なる異能――透視能力を授けた。
遠目と透視の合わせ技により、城下である戦場にも関わらず、敵と味方の位置を正確に把握することに成功したフロウは、ピンポイントに味方と敵のいる場所のみに回復魔法をかけ、MPの消失を最小限に留めることに成功したのであった。
「【絶剣】」!」
「【影烈斬】!」
フロウの強力な回復魔法によって動きを止めた影霊に、人類最強アルムガルドとシカイ族の青年スキア――2人の部隊長が渾身の一撃を叩きこむ。
アルムガルドの剣聖スキルによって、無数の影霊が一掃され、スキアの死霊術師スキルによって、影霊が完全に消滅する。
『『『『グルルルルルルルルルルッッッッ!!!!』』』』
――だが。
「くそ! 倒した先から湧き出てきて前に進めねェ!」
「スキア隊長のスキルなら影霊を完全に消せるんじゃなかったのか!?」
「シド・ラノルスは推定1万体の影霊所持しているとのことだ。この程度じゃ誤差に過ぎねぇよ!」
新手の影霊が行く手を阻む。
「(いえ――これでいいのです。我等の真の目的はソブラを倒すことではありません。それはシドさんの役目です。我々の真の目的は影霊を削り、奴のMPを削ぐことにあります)」
フロウは顔を上げ、王都の中央にそびえる王城を見上げる。
そこでソブラと死闘を繰り広げているだろうシドのことを思いながら、己を奮起させる。
「(しかし――やはり影霊が強い。ダンジョンの魔物とは比べ物にならない。ダンジョンボスクラスの影霊が雑兵のように湧き出してきます。やはり――聖遺物を使うしか)」
あれは全ての聖遺物がそうであるように、発動に決して軽くない代償を要する。
出来れば使わずに済ませたい手段であったが、それでもフロウは手札を切る決断をする。
フロウは本陣を振り返り――部下に告げた。
「聖歌隊――聖譜の用意を」




