144 偽物の聖遺物
前回のあらすじ
フロウはシドからの手紙を受け取る。
そこにはリュシフィールを手に入れ、エカルラートが復活した旨が書かれていた。
ソブラへの反撃の準備が整ったフロウは、王都に戦力を集めて最終決戦の準備を始めるのであった。
――フロウがシドより、リュシフィールを入手した吉報を受けた半月後。
王都を包む霧との境界線沿いに、影霊対抗組織である聖火隊が集結していた。
「ついに――この日が来たんだな」
「でも聖女様は、あの霧をどうやって対策するつもりなんだ? あの霧はどんな強い風を起こしても払えない魔霧――あれをどうにかしない限り、王都へ行くのは無謀というもんだろう」
「お前らッ! これより聖女様の演説が始まる! 口を慎むように!」
「す、すみません副隊長」
聖火隊の副隊長――総隊長の右腕を務めるシカイ族の青年、スキア・レッドビーが喝を入れる。
シンと静まり返る場。
隊員たちはこれから始まるであろう激しい戦い、そして聖女が口にする言葉を、緊張感を持って待ち続けた。
「皆さん――本日は私の招集に応じてくださり、誠にありがとうございます。今この場には、総勢800人――地方配属の聖火隊員を含めた、ほぼ全ての戦闘員に集まって頂きました」
魔霧を背にし、隊員達に向き合って声を張り上げるフローレンス・キューティクル。
その右隣には、影霊を完全に消滅させるスキルを持つ対影霊最終兵器であるスキア・レッドビー。
そして左隣には、地方での魔物討伐の任務を務める黒甲冑の剣聖――人類最強・アルムガルド・エルドラドが立ち、特大剣を地面に突き刺して、直立不動の体勢を取っている。
「あなた方が我々の志に共感し、聖火隊に入って頂き、今日まで共に戦ってくれたことを、私は生涯忘れることはありません。あなた達の力がなければ、人類はとっくに影霊によって滅ぼされていたでしょう」
フロウはゆっくりと周囲を見まわし、耳をじっと耳を傾けてくれている隊員達の目を1人ずつ順番に眺めていく。
「そしてあなた方が聖火隊に入隊した理由は、聖域である大聖堂を取り戻すため、故郷にいる愛する家族を守るため、もしくは影霊によって奪われた家族の仇を討つため――1人1人違う理由を抱えていると存じております。ですがその全員が、世の泰平を願っていることは確かだと、信じております」
フロウは手に持った錫杖を掲げ、シャン――と鈴を鳴らす。
「故に――今日この日を持って! 霧に包まれた暗黒の時代を終わらせることを誓います! どうか皆さん、最後に私に力を貸してください! 諸悪の根源…………こん、げん……」
「(フロウ……)」
「(大丈夫です、アルムガルド様)」
甲冑の奥から心配そうに見つめるアルムガルドを制止する。
自分を信じてついてきてくれた仲間達を前に、情けない姿を見せる訳にはいかず、目に力を入れる。
例えそれが真実と異なっていようと、騙していようと、その先に平和があるのであれば、虚偽で己の心を汚す覚悟は、とっくについている。
「諸悪の根源――シド・ラノルスを討ちます!!」
「「「「うおおおおおおおお!!!!」」」」
フロウの演説に、聖火隊の面々は奮起する。
ソブラの緻密な計略により影霊による災禍を巻き起こしたのは、シドであると大衆は信じてしまっている。
聖火隊の中で真実を知っている者はフロウとアルムガルド、そして事務作業の総責任者を務める、元冒険者ギルドの受付嬢のエミリーの3人のみ。
誤解を解くことでいらぬ混乱を招くことを危惧し、またシド本人もそれを容認したため、フロウはその真実を今日まで隠し続けていた。
「(シドさんは大規模ダンジョンの時も、そしてこれまでの戦いでも、真の功労者であるにも関わらず、人類を結束させるため、汚れ役を買って出て下さいました。だからこそ、私はその嘘を貫き通さねばなりません……!)」
フロウは閉じた瞳を空ける。
そこには決意を秘めた、青と金のオッドアイが輝いていた。
「これより魔霧を祓います!」
再度錫杖を鳴らすと――フロウは聖遺物を起動させる詠唱を唱える。
「【其は天照らす聖なる雷光】【悪影祓う開鑿の光矢】【裁きを申す神刃の捌き】――」
隊員は固唾を飲み、フロウがこれから起こす奇跡を待った。
「――【主よ我を試し給え】【捧げるは虚の果実】【摩滅の聖頁】――」
錫杖が煌々と、神秘的な光を放ち輝き出す。
10年の歳月で絶世の美女へと成長したフロウの整った容姿も相まって、その姿はまるで聖典に登場する神の使い――天使のようだと聖教会出身の聖火隊は感嘆する。
「――【贖負の覚悟を剣の贄に】【聖女の祈りを天秤に】――」
フロウはゆっくりと、しかし確実に詠唱を続けていく。
だんだんと輝きを増していく光。
「――【祈り叶いし時】【魔霧排する光明の息吹とならん】――」
――光ッ!
天空に掲げた錫杖の先端から――光が射出される。
それは雲の上に姿を消し――数秒後――
――ゴオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!
「見ろ! 魔霧の上に光の柱がッ!」
「あれが聖女様の力……!!」
魔霧の中央に一筋の光線が落下し――次の瞬間――弾けるように魔霧が晴れた。
10年ぶりの、王都の外壁が大衆に晒される。
「――【陽竜の聖息】」
***
「【黒竜の破息】」
――数秒前。
シドは魔霧のはるか上空にいた。
死霊操術で使役した、《破壊》を司る五大魔公リュシフィールの背に乗って滞空していたのだ。
フロウが天空に光を打ち上げたのを確認したのと同時に、リュシフィールに熱光線の指示を出す。
眼下に広がる魔霧は五大魔公――《創造》を司る産み落とすクルルカンによって創造された。
権能によって創造された霧は人間の力では払うことが出来ないが、同じ神格を持ち――かつ《破壊》の権能を持つリュシフィールであれば消滅させることが出来る。
つまり――フロウが放った霧を払う聖遺物は偽物であった。
フロウがしたのは天空に光属性の魔法を打ち上げただけ。
真に魔霧を消したのは、シドが使役するリュシフィールの力によるものである。
だが世間ではシドが王都を乗っ取ったと信じられている手前、堂々と協力することも出来ず、このような手段を取ることにしたのであった。
「ま、俺は影だ――英雄になる必要はない。それでリンが幸せになれる世界が出来るのであれば、名誉に興味はねェからよ」
シドはリュシフィールに指示を出し、真下へと急降下させる。
その先にあるのは魔霧の中心地であり、王都の中心地でもある――王城。
――ドッガ――――ンッッッッ!!
王城の屋根に突っ込み、破壊しながら――玉座の間として使われていた部屋に着地する。
「やっぱここにいやがったか――ソブラ」
ロングコートにかかった瓦礫の破片を払いながら、玉座に座った魔王と対面する。
そこに座っているのは――シドと同じシカイ族の男。
ソブラは玉座の上で足を組み、肘掛けに置いた手で頬杖を突きながら、尊大な態度で侵入者を出迎えるのであった。
名前:シド
クラス:影霊操術
レベル:200
HP:4000/4000
MP:4400/4400
筋力:700
防御:760
速力:769
器用:800
魔力:500
運値:420
スキル:【死霊操術】【影霊操術】【影霊領域】【影霊強化】【影門・卍髏の剣】
状態:【不死】
名前:ソブラ
クラス:影霊操術
レベル:205
HP:4200/4200
MP:4620/4620
筋力:675
防御:651
速力:620
器用:782
魔力:500
運値:758
スキル:【死霊操術】【影霊操術】【影霊領域】【影霊強化】【影門・卍髏の剣】
状態:【不死】
出会いがしら、シドはソブラとのステータスを比較する。
「やぁシド――10年ぶりだね。お土産はちゃんと持ってきてくれたかな?」
次の瞬間――お互いに展開した影が謁見の間を埋め尽くし、衝突させた。
「安心しろ。急かさなくても、今すぐテメェのケツにブチ込んでやっからよ」




