143 聖女の夜の仕事
今回はフロウに焦点を当てた三人称視点です。
――夜
ソブラが操る影霊に対抗すべく設立された組織――聖火隊本部である戦国時代に建てられた砦にて。
「…………」
聖火隊の総長にして、現聖教会の象徴にして代表を務めるフロウは、デスクの上で手紙を執筆していた。
大陸各地にいる、聖火隊に協力してくれている領主達へ送る書状。
それをランタンの光を頼りに、一文字づつ丁寧に綴る。
領主と言っても、10年前に王都が陥落して王族並びに宮廷貴族が皆殺しにされたことで、もはや王朝は機能していない。
野心を抱いていた地方貴族は王家が断絶されたことをチャンスとみて反旗を翻し、領主というよりは独立した国家のような有様になっているのだが……。
そんな戦乱の時代においてもなお、ソブラによる影霊の脅威に対抗すべく、聖火隊に協力してくれる善良な貴族もおり、彼等の支援物資などは組織を維持するうえで非常に重要な要であった。
「ふぅ……こんな感じでしょうか」
そんな領主達への書状を書き終えたフロウは、羽ペンをペン立てに戻し、誤記がないかをチェックする。
聖火隊には、かつて大臣に代わって国王への奏上文を作成したり、公的文書を作成する、文書を司った史官も在籍している。
だがフロウは自分の考えた言葉で、自分で綴った文字で伝えることが重要であると捉えているため、最初に書簡作成の基礎を学んだだけで、後はこの手の重要な書簡は全て自分で執筆していた。
「(役不足であることは重々承知の上ですが、今の私は聖教会の象徴です。私に出来ることはなんだってやります)」
インクが乾いたのを確認したフロウは、丁寧に三つ折りにし封筒に入れた。
押した封蝋印に描かれているのは、聖教会のエンブレムである天秤と剣。
「よし、今日の仕事はこれで終わりですね。そろそろ寝ないと……」
立ち上がって大きく伸びをするフロウ。
その時――
――コンコンコン
窓が叩かれる音が鳴る。
「ッ!」
フロウは緩めていた気を引き締め、神妙な顔つきで窓を明けた。
「シドさんからの連絡……ッ!」
窓の縁には一匹の黒鳥がいた。
何も知らない者が見れば、闇夜に紛れたその鳥を大きなカラスと認識するだろう。
だがその羽は黒というよりは、闇夜に溶け込んでしまいそうな影色。
そして瞳はロウソクに灯った火のように、赤く揺らめいていた。
鳥の正体は――影霊だった。
青目の影霊ではなく、赤目の影霊。
元は緑色の羽を持っていた魔物――ガルーダだ。
『ガァ!』
低い声で鳴くガルーダ影霊の嘴には、一通の封筒が咥えられている。
フロウはそれを受け取った。
聖火隊には善良な地方貴族や貿易商などの協力者がいる。
そしてシドもまた、フロウとのみ繋がっているものの、聖火隊の協力者の1人であった。
伝書鳥の役割を果たした影霊から受け取った手紙を読む。
「……これは!」
書かれていたのは、最後の五大魔公リュシフィールの入手に成功したこと。
エカルラートが復活したことが書かれていた。
「ガルーダちゃん、少し待っていてくださいね!」
『クァ!』
フロウは急いで、再度羽ペンにインクを浸す。
サラサラと手紙を書き終えると、封をしてガルーダに咥えさせた。
「よろしくお願いいたしますね」
フロウは最後にそっとガルーダの頭を撫で、飛び立つガルーダを見送った。
ちなみに昔――いつもの癖で、労いを込めて影霊に回復魔法をかけてしまい、ガルーダが消滅してしまったことがある。
シドが再度ガルーダを寄越すまでにタイムロスが生じてしまった失敗があるので、以降影霊の扱いには気を付けている。
「これでシドさんの戦力は整いました――聖火隊の準備も抜かりありません。ついに、この暗黒の時代に幕を下ろす時が来ました……!」
フロウは決意を込めた瞳で、窓から見える霧に包まれた王都の方面を睨みつけるのであった。
今回のおまけSSはシドとフロウの手紙のやり取りについてのエピソードです。
スキア「珍しく今日は法衣ではないのですね。よく似合ってますよ」
フロウ「ありがとうございますスキア君。実は写真を撮ろうと思っていまして、手を貸してくれますか?」(スキアにカメラを手渡す)
スキア「構いませんけど、なんでいきなり?」
フロウ「えへへ……実は文通相手に送ろうと思いまして。可愛く撮ってくださいね?」
スキア「文通相手!? なんですかそれ初耳ですよ!? 相手は誰なんですか!?」
フロウ「へへ、秘密です」
スキア「(フロウ様が……恋する乙女みたいな顔をしている……!?)」
***
シド「お、フロウに送った伝令の影霊が返ってきたな。ん? 手紙と一緒に写真が……」




