140 成長したメイド
五大魔公最後の1体リュシフィールと激闘を繰り広げるシド。
ヴァナルガンドの空間転移とアサシンの隠密スキルを駆使した奇襲により、リンはリュシフィールの片目を潰すことに成功するのであった。
「サンダーエンチャント――急所突!!」
『ギギャアアアアアアアアアアッッッッ!?!?』
ヴァナルガンドの空間転移によって出現したリンが、雷を纏わせた長槍でリュシフィールの左目を潰す。
名前:リンリン・リングランド
クラス:アサシン
レベル:80
HP:1440
MP:830
筋力:256
防御:186
速力:480
器用:440
魔力:168
運値:448
リンはこの10年でレベルを80にまで上げた。
クラスも盗賊からアサシンにクラスアップしており、アサシン特有の軽やかかつ正確無比な刺突が、黒竜の視界を半分奪いとる。
「よくやったリン! あとは影霊に任せて下がれ!」
「はい!」
リンはトドメとばかりに、突き刺さった長槍の柄頭を蹴り上げ――壁キックの用量でリュシフィールから距離を取る。
俺は過去何度も格上の相手と戦い続けてきた。
影霊操術に覚醒する前にミノタウロスに殺されそうになった時も、大規模ダンジョン崩壊でタイタンを相手にした時も――生物として避けられない眼球という弱点を狙って窮地を乗り越えてきた。
勿論リュシフィールとの戦いでも眼球を狙っていたのだが、奴の反応速度は凄まじく、攻撃が命中する直前に瞼で目を閉ざしてしまう。
瞼――たった薄皮一枚。
だがリュシフィールの外皮は凄まじく硬く、視力を奪うことは敵わなかった。
どうすればいいかと頭を悩ませている所に、リンから進言があったのだ。
『ご主人様――ヴァナルガンドちゃんの空間転移と、私の隠密スキルで、リュシフィールの隙つきます』
――と。
無論俺は反対した。
俺は不死故にどれだけリュシフィールにボコボコにされても逃げ帰ることが出来る。
だがリンは違う。
しかしリンも10年間で強くなった。
彼女の世界を思う真剣な眼差しに根負けし、リンの案を受け入れたのであった。
結果――彼女は最上の結果を生み出してくれた。
「よし! 今の内に畳みかけろ!」
リュシフィールは現在タイタンに投げ飛ばされ、巨躯を横転させている。
そして鱗を持つ爬虫類がそうであるように――ドラゴンであるリュシフィールの腹部にも鱗はなく、そして無防備に晒されている。
ヴァナルガンドは未だリュシフィールの喉元に喰らいついて押さえつけている。
ダメージを与える格好のチャンスであった。
「リン! タイタンを強化しろ!」
「《アイスエンチャント》!」
リンはタイタンの足元へ駆け寄ると、そのくるぶしに触れながら付与魔法を発動させる。
タイタンの拳は氷塊で覆われ、まるでガントレットのようになる。
『グオオオオオオオオッッッッ!!!!』
そのままタイタンはズシンズシンと、一歩踏み込むたびに床を揺らしながらリュシフィールへ駆け出し、直前で跳躍。
全体重をかけた拳が――鱗で覆われていない腹部にのめり込んだ!!
――拳ッ!!
『ギギャアアアアアアアアッッ!?!?』
リュシフィールは絶叫を上げながら吐血する。
片目を潰した上、吐血する程内臓に損傷を与えた。
「奴にこれほどダメージを与えたのは初だ。今回こそ本当に倒せるかもしれねェ」
タイタンはそのあとも、氷を纏った拳でリュシフィールを殴り続けている。
追い打ちをかけるべく、先ほどの尾撃で消耗した影霊を再召喚して突撃命令を出す。
『『『『『ギャアアアアアアアアアッッッッ!!!!』』』』
影霊達は獲物に群がる虫のように、リュシフィールにダメージを与え続ける。
「いいぞ!」
このまま勝てるか――と思った、その時。
『ギャオオオオオオオオオオオオオオオンッッッッ!!!!』
――竜咆。
「(身体が……動かなねェ!?)」
今までの威嚇行動とは全く別の咆哮が、玄室全体に響き渡る。
鼓膜ではなく魂を震わせるような咆哮を受けたことで、体が麻痺して動かなくなった。
「がッ!?」
「…………ッ!? ご、しゅ……様ッ!?」
喉も動かない。
神の切り分けられた四肢の1つにして、生態系の頂点に君臨する最強の竜。
肉食獣の咆哮で草食動物が震えあがるように、あらゆる存在を例外なく震えあがらせるスキルなのだろう。
人間であるリンは無論のこと、死体である俺や半霊体である影霊さえ一切の動きを封じる竜咆。
まさかこんな奥の手まで隠していたとはな……!?
『ギャウッ!?!?』
「(ヴァナルガンド……!?)」
同じ五大魔公であり、同格に位置するヴァナルガンドのみがいち早く硬直から回復したものの、既にリュシフィールはヴァナルガンドの拘束から逃れ、バク転から繰り出される縦回転の尾撃で吹き飛ばされてしまう。
ヴァナルガンドは巨体を玄室の壁に打ち付け、ぐったりと動かなくなる。
まずい……ヴァナルガンドが動けないと空間転移が出来ない……!
『ギギャアアアアアッッ!!』
『グオオオオオオッッ!?!?』
――タイタン HP0 【消滅】
更にリュシフィールはタイタンの喉元を噛みつき、バキバキと骨が折れる音が鳴り響く――タイタンも消滅。
「くそ! 動けるようになった奴からリンを守れ!」
竜咆《ドラゴンフィア―》から10秒。
なんとか喋れるようになったが、足がまだ動かない。
俺が動けないのだから、影霊が動ける訳がない。
リュシフィールはそのまま飛翔すると、上空で滞空。
喉奥が輝き熱光線の体勢に入る。
奴が狙う先にいるのは――俺。
「くそッ! 動けッ!」
まだ足は動かない。
ヴァナルガンドが倒れたことで空間転移も出来ない。
影霊を召喚して壁にしようにも、タイタンが消滅した今、他の影霊が束になって肉壁になったとしても熱光線を耐えきることは出来ないだろう。
――MP1520/3520
タイタンの再召喚に必要なMPは2000。
残りMPは1520。
「くそ……こんな事なら余裕ある間にMPポーション飲んどくんだったぜ」
『ゴオオオオオオオオッッッッ!!!!』
リュシフィールの口内に膨大なエネルギーが溜まっていく。
過去あの砲撃を何度か喰らったことはある。
かすっただけで肉体の1/3持っていかれるイカれた威力。
直撃したら塵も残らないだろう。
過去――腕一本から完全再生したことはあるが、流石に塵から再生できるとは到底思えない。
詰んだか……?
『ギャアアアアアアアアア!!!!』
すまないフロウ……お前との約束、守れそうにない。
リンもすまない。お前が幸せに暮らせる世界を作りたかったのに、俺のせいで……。
そして――エカルラート、
『よもやよもやよ――死に際の言葉を綴るにはいささか早すぎるのではないかのゥ?』
リュシフィールの熱光線が――俺に直撃する――直前。
「なッ!?」
リュシフィールの光線を遮るように、正面に赤いドーム状の壁が出現した。
その赤い壁が、消滅の権能を持つリュシフィールの光線を防いでいる。
そして――その手前にいるのは――黄金の長い髪と真紅のドレス。
「10年ぶりじゃなシド――ま、お主の影の中で、お主の声はずっと聞こえておったのじゃがなァ」
リュシフィールの光線を、赤い壁で受け止めたまま、突如現れた金髪の女はゆっくりと振り向いた。
息を吞む程の美貌。
俺がコイツを見間違えるはずがない。
五大魔公の一柱。
真紅の吸血鬼。
「エカルラート!?」
10年前にソブラによって心臓を貫かれたはずのエカルラートが――そこにいた。




