135 プロローグ
最終章スタートです。
――――10年後。
***
村の北側は、視界一面を覆いつくす、凄く濃い霧に包まれている。
お父さんが言うには、わたしが産まれる前には霧なんかなくて、〝王都〟って言う王様が住んでいた、大陸で一番立派な街があったらしい。
この村からでも見えるくらい高い外壁が、王都全体をぐるりと包んでいて、絶対に魔物が入れないようになっていたとのこと。
でもそれは10年前までの話。
魔物を操るとっても悪い奴が王様を殺し、王都を乗っ取って、濃い霧で包んでしまったんだって。
『いいかい。あの霧の向こうには黒い魔物が沢山いるんだ。だから絶対に近づいてはいけないよ。食べられてしまうからね』
村の大人たちは、ことあるごとに口をすっぱくしてそう言っては、子供達を脅してくる。
『魔物なんて近所の森にもいるじゃん!』
村民は15歳の成人を迎えると、大人になる儀式として――大人達が近所の森から生け捕りにしたゴブリンっていう魔物を殺す催しがある。
だからわたしは魔物を見たことある。
子供のわたしより背が小さくて、ぐったりしていて、なんだか弱そうで、わたしでも倒せそうだと思った。
この成人の儀ってやつも、儀式と言うほどの伝統はなくて、王都が霧に包まれる前は、〝冒険者〟っていう魔物退治を専門にしている人が魔物を倒すから、村の人間は農作業だけしていればよく、魔物を倒す必要なんかなかったらしい。
『でもね、いつか聖女様が絶対に、わるーい魔王を倒してくれるから、私たちは聖女様と聖火隊の方々のために、美味しい野菜を作るのよ』
私たちがまだこうして生きているのは、〝聖女様〟と、その仲間達である〝聖火隊〟が日夜黒い魔物と戦ってくれているかららしい。
聖女様のことは知っている。
月に1回聖女様が村に来て、村の子供に勉強を教えにきてくれるから。
聖女様のおかげでわたしは文字も読めるし、計算も出来る。
それにすっごく美人で、優しくて、とっても偉い人なのに、勉強が終わったあと一緒に遊んでくれるから、わたしは聖女様が大好き。
それに聖女様はどんな傷も病気も治してくれるから、村の人も全員聖女様のことを尊敬している。
霧のすぐ近くにある村に、こうしてずっと住み続けているのも、聖女様が定期的に村を巡回して村人を気にかけてくれているかららしい。
ちなみに子供達が聖女様に勉強を教わっている間、大人たちは聖火隊の人に戦い方を教えて貰っている。
魔法の素質がある人は、魔法の訓練も教えてくれる。
わたしは聖女様が大好きで、もっと一緒にいたいから――
『大人になったら聖火隊に入る!』
――なんて言ったら、お父さんには怒られて、お母さんは泣いちゃった。
お父さんに怒られるのはいつものことだから、なんとも思わなかった。
でもお母さんが泣いているのを見ると、胸がとても痛くなったから、やっぱ辞める、って謝った。
大人達は皆、混沌の時代だとか、魔王に支配された暗黒の時代だとか言うけれども、生まれた時からこれが当たり前のわたしにとっては、普通の時代で、普通の生活で、自分は普通に幸せな人間だと思っていた。
黒い魔物が村を襲う、その時までは。
***
「あれ、なんだろう……?」
その日もわたしは、村を囲う木の柵の上に腰掛けて、村の北側を眺めていた。
濃霧は一年中、雨の日も晴れた日も、風の強い日だって地上一面を覆い尽くしている。
よく晴れた日は、濃霧の向こう側にある山脈の頭がすこーし見えるけど、今日は見えなかった。
「黒い……点々?」
その代わりに見えたのは、真っ白な霧から黒いなにかが出てくる光景だった。
村の北側へは出たことがないから、実際に測ったわけではないが、ここから霧の境界ラインまでは2キロメートルくらいある。
でもわたしは視力が良いので、目を凝らすと黒い点が人の形をしているのが分かった。
「こら、北側は見ちゃダメって言ってるでしょ!」
「わっ!? お母さん!?」
柵に身を乗り出していると、お母さんがやってきて怒られてしまった。
「でも霧の方に人がいるよ! ほら!」
「え? そんなことある訳……」
定期的に森へ魔物討伐へ行く大人たちも、村の北側へは絶対に近づかない。
だから人がいるはずないとお母さんは信じてくれないので、柵から降りてお母さんの服を引っ張り、「よく見て!」とお願いする。
最初は信じていなかったお母さんだけど、わたしの指差した方を見ると、どんどん顔色が悪くなっていって、慌てたようにわたしの腕を強くつかんで引っ張った。
「きゃっ!? お母さんどうしたの!?」
「影霊だわ!! みんな! 影霊がきたわよッッ!!」




