133 魔霧に包まれた王都
今回は3章エピローグ。
ソブラとルゥルゥに焦点を当てた3人称です。
――王宮。
――朝議が行われている玉座の間にて。
「ルゥルゥ!? 貴様……なぜ――ぐえッ!?」
現在国王を含む宮廷貴族が一同に集まっており――この瞬間、その全員が死亡した。
最後の1人――王宮が運営する諜報部隊を統括する大臣は、この惨劇を作り出した少女の名を叫びながら、脳天に短剣を突き立てられ死亡する。
「…………」
朝議の最中に玉座の間へ乱入し、全員を切り殺した少女の名は――ルゥルゥ・ジンジャー。
褐色肌に紫の髪と瞳が特徴的なラギウ族のアサシン。
元勇者パーティであり、王宮の諜報員。
しかしそれは偽りの姿であり、その正体は――影霊術師ソブラの腹心。
未だ諜報部に籍を置いているルゥルゥにとって、王宮に乗り込むのは苦労しなかった。
その後玉座の間へ堂々と乗り込み、入口に最も近い位置にいた貴族を殺害。
国王の護衛を務める近衛騎士が即座にルゥルゥを排除しようとするも、貴族達が誰1人逃げる猶予すら与えられず返り討ちにあうのであった。
「…………」
豪奢な貴族服が血で汚れ、死屍累々と化した玉座の間の中央で、ルゥルゥは無言で立ち尽くす。
「しッ、失礼します! 緊急事態ですッ!!」
その時、玉座の間に1人の兵士が飛び込んで、息を荒げながら平伏する。
「城内に魔物が侵入しました! 貴族の方々は早くお逃げくださいッ!!」
「…………」
情報を伝えにきた兵士のつむじを、黙って見つめるルゥルゥ。
「……?」
いつまで経っても返事のない兵士は、広間に充満する異臭と異様な雰囲気も手伝い、無礼を承知で顔をあげた。
「なァッ!?!?」
そして――朝議をしているはずの国王と貴族が、全員死んでいる光景を見て、言葉を失った。
「い、一体……どうして……既にここにも魔物が……ッ!?」
兵士は尻もちをついて、後ろ手に這って後ずさるも――何かが背中に触れた。
『グルルルルッ』
両手に1本ずつ特大剣を持った、身の丈3メートルにも及ぶ人型の魔物。
それはA級ダンジョンのボスとして出現するオーガに似ていた。
だがその肉体は影のように黒く、瞳だけが揺らめく炎のように青く光っている。
「ひええええッ!? 魔物ッ!?」
――斬ッ!!
オーガが特大剣を振り上げる――それが兵士の見た最後の後継であった。
『グルルルルッ』
「…………」
兵士を真っ二つにしたオーガは、玉座の間を見渡し――最後にルゥルゥと目が合う。
この部屋に生きている人間はルゥルゥ以外いないことを確認したオーガは、ノシノシと玉座の間を後にするのであった。
その後ろ姿をただ無言で見つめるルゥルゥであった。
「やぁルゥルゥ――首尾は上々みたいだね」
オーガと入れ替わるように――シカイ族と羊の顔をした人型の魔物が玉座の間に転移してきた。
ソブラ、そしてソブラの影霊であり、転移魔法を操る魔物、悪魔神官バロム。
ルゥルゥが朝議の時間を狙って玉座の間を襲撃したのも、城内に影霊を放ったのも、全てソブラの企てだった。
シドの襲撃で崩壊した大聖堂を乗っ取り、シドを始末すると同時に影霊とルゥルゥに王宮を襲わせ、王都を完全に乗っとるのがソブラの筋書だったのだ。
「…………」
ルゥルゥは自分の足で立っているソブラを、頭の先から足先までを眺める。
「ああ、無事エカルラートの血が手に入ってね、この通り歩けるようになったよ。それに少し若返った――どうかな? 男前になったかな?」
「…………」
「え? 前の方が好みだった? そんなこと言わないでくれよ」
言葉を発しないルゥルゥだが、付き合いの長いソブラは目を見れば何を言いたいのか理解できる。
ソブラは全盛期の姿が唯一の生者である部下に不評で、残念そうに肩を落とした。
「…………」
「あー、うん。血は手に入ったんだけどさ、エカルラートそのものは手に入らなかったよ。ヴァナルガンドも手に入らなかったし、シドにも逃げらちゃって――人生ままならないものだよね、本当」
ソブラは死体の死体を踏みつけながら奥へ進み、ルゥルゥに「ご苦労様」と労いながら頭を撫でる。
そのまま奥へ進み、玉座の上で白目を剥いて死んでいる国王の首を掴んで放り投げると――
「よっこらせ」
――と言いながら腰掛けた。
「自分で歩くのは20年ぶりで疲れたよ。少し休憩っと――うーん、教皇の椅子とどっちが座り心地がいいか気になっていたんだけど、普段僕が使ってる椅子が一番良いや」
足を組み、肘掛けに肘をついて、握った拳で頬杖をつくソブラは、大聖堂での一幕を思い返す。
シドが大聖堂で暴れ、枢機卿団を皆殺しにして教皇を殺した所までは良かった。
ソブラは《聖痕の騎士団》の死霊操術したヨハンナ、シーナ、カイネを操り聖遺物を発動さた。
【始僧の聖杭・レプリカ】でエカルラートの心臓を貫き、【退魔の聖鎖】でヴァナルガンドを拘束。
あとはフロウが【始僧の聖杭】でシドを殺せば、代償でフロウも死亡してソブラの1人勝ちになる――はずだったのに。
「まさかあの土壇場で最後の《聖痕の騎士団》のお嬢ちゃんがシドに味方するとは思わなかったよ……」
だがフロウはシドに使おうとした【始僧の聖杭】の詠唱を破棄し、ヴァナルガンドの転移能力でシド諸共逃げられたしまった。
「それにエカルラートも死霊操術にも失敗した――つまりあれは、死体ではなかった」
他者の死霊術師が所持している死体の所有権を書き換えるには、1度HPを0にして〝動く死体〟から〝死体〟に戻す必要がある。
【始僧の聖杭】でエカルラートのHPを0にしたはずなのに、ソブラの発動した死霊操術はエカルラートに反応しなかった。
結果――血は手に入ったが、シドを殺すのは失敗し、エカルラートもヴァナルガンドも手に入らなかったのであった。
作戦の半分も達成できなかったソブラは、忌々しく顔を歪めるも、「エカルラートの血が手に入っただけでも上出来か」と気分を改め、笑顔を作る。
「シドはああ見えて大規模ダンジョン崩壊の際に王都民を守るようなお人好しだ。必ず僕を討ちにくるだろう。その時に改めて五大魔公を奪えばいいさ」
ソブラは羊顔の影霊に指示を出す。
「バロム――ククルカンを呼んでくれ」
『グルル……ッ』
『キシャアアアアアアアアアッッッッ!!』
バロム影霊が転移魔法を発動した。
すると玉座の間に巨大な大蛇が出現し――しかし体が入りきらず壁が崩壊する。
エカルラート、ヴァナルガンドと同じS級ダンジョンの主であった、五大魔公の1体。
白い大蛇の姿をし、この世のあらゆる物質を創造する権能を持つ――産み落とすククルカン。
ククルカンは玉座の間に空けた穴から外に出ると、王城の壁を這いながら登る。
やがて王城の最上部の尖塔にとぐろを巻きながら登り詰めると――尖塔の延長にでもなるかのように、ピンと真上を向いて大きく顎を開いた。
『シャアアアアアアアッッッッ!!』
ククルカンの口から大量の濃霧が吐き出された。
霧はすぐに王城を包み、城下へ広がり、王都全体を飲み込むことになる。
また、王宮内部の人間を皆殺しにした影霊は、次々と城下へと降りて人々を襲う。
各所に火の手があがり、王都は混乱に陥った。
「はは、ははは、あはははははッ! どうだ! ざまあ見ろ! 20年越しの悲願だ! ははははははッ!!」
その日。
王都は1人のシカイ族の反乱により乗っ取られ、数百年続き大陸を統一していたレングナード王朝は滅んだ。
法を司り悪を取り締まる王家はいなくなり、地方貴族が権利を求めて他領土の領主と争う群雄割拠の時代に巻き戻り、大聖堂が消滅して信者は希望を奪われ、冒険者協会も機能しなくなり大陸各地のダンジョンが次々に崩壊し、地上に魔物が溢れる――――混乱の時代が幕を開ける。
そして王都は魔力の込められ無散することのない濃霧に包まれた。
黒い魔物が闊歩する魔窟と化した王都は、民衆から恐れを込めて――――影の魔都と呼ばれることとなる。
「さぁ――神になる前に、このクソみたいな世界を壊そうか」
〈第3章――In the abyssal depths of the boundless SHADOW――完〉
〈最終章――NO LIFE KINGDOM――に続く〉
これにて3章完結です。
次回から最終章となります。
《聖痕の騎士団》との長かった戦いが終わり、もう1人の影霊術師ソブラとの最終決戦が始まります。
よろしければあと少し、最後までお付き合い下さいますと幸いです。
ここまで約30万字。
日頃ブックマーク、評価★、コメントを下さる読者の方々のお陰で、ここまで書き上げることが出来ました。
皆さまには改めてお礼申し上げます。ありがとうございます!!
また、ここまで読んで下さった読者の方でまだブクマや評価★をされていない読者の方……どうか、どうかそろそろお願いします……(土下座)
承認欲求でここまで書いてきたので、どうか最終章を書き上げるための追い承認欲求を恵んでください……!




