130 運命はまだ、俺を死なせてくれないらしい
――質問来てた!
Q.ネクロマンスで操ってる死体が詠唱しているが、ゾンビなのに流暢に喋れるのか?
――結論! 喋れます。
A.腐り具合にもよりますが、声帯が残っていれば指定した言葉を喋らせることが可能です。
Q.ソブラはククルカンの権能で聖杭を複製していたが、複製元が手元になくても複製可能なのか?
――結論! 可能です!
A.ククルカンの権能は『創造』なので、知識があれば複製できます。
ただし、五大魔公の権能はお互いに干渉しないというルールが存在するので、ククルカンの『創造』でエカルラートの血を創造することは出来ません。
影霊合戦編で、ククルカンの創造した物質を、ヴァナルガンドが異空間に飲み込めなかったのも、それが理由です。
解説役のエカルラートが死にかけのため、前回は説明不足が多かったと反省……。
ソブラがフロウへ向けて手を伸ばす。
「ちっ! ヴァナルガンド!」
「ヴァナルガンドも対策済みさ」
「【退魔の聖鎖】」
――ジャラジャラジャラッ!!
――縛ッ!
『ワオオオオオオオオンッ!?!?』
「なッ――ヴァナルガンド!?」
ソブラが操るヨハンナの死体が【退魔の聖鎖】を発動させた。
ヴァナルガンドが時空の裂け目を出現させた瞬間、待っていたとばかりに聖鎖が伸び、裂け目に入り込む。
そして一本釣りでもするかのように、鎖でぐるぐる巻きに拘束されたヴァナルガンドの頭部が引きずり出される。
これでは空間転移のみならず、異空間収納能力も使えない……!
「これでもうシドが切れるカードはない――今度こそ終わりだ。さぁ、次はカイネ君の番だ」
既に心臓に朽ち移しを突き刺しているカイネの死体が一歩、前に出る。
「【聖砂の錆塵】
恐らくこの場に転移する前に、シーナが【始僧の聖杭】、ヨハンナが【退魔の聖鎖】、カイネが【聖砂の錆塵】の詠唱を予め済ませておいたのだろう。
カイネを中心に、激しい砂嵐が巻き起こった。
触れた物質を余さず朽ちさせる《朽ち移し》の必殺技が謁見の間に吹きすさぶ。
「【プロテクト!】」
「フロウ!?」
触れたものを塵へと還す錆塵が飛来する直前、俺の前に立ちふさがったフロウが障壁魔法を展開した。
両手を前に突き出し、フロウの正面に半球状に展開された障壁が、錆嵐を受け流している。
「なぜ、俺を庇う……俺達は敵のはずだ」
「分かりません! 体が勝手に動いてしまいました……! でも、シドさんよりもあの人の方が悪い人だという事は分かります!」
【聖砂の錆塵】の威力はすさまじい。
それはあのエカルラートが数秒で肉体に大半を失う程。
「シドさん……あなたは確かに聖教会の倒すべき敵です。でも、フロウはあなたのお陰でここまで強くなれました。そして、あなたのお陰で助かった命は沢山あります」
「大規模ダンジョン崩壊の事を言っているのか……?」
「申し訳ございません……私はずっと、あなたが、大規模ダンジョン崩壊を巻き起こしたと勘違いしておりました――いえ、そう思い込み、あなたを悪者だと思いたかったのです。そうしなければ、私は、戦えないから……」
それをフロウは障壁魔法で懸命に防いでいるが、錆塵に指先から二の腕までの肌が爛れてしまっている。
対するソブラの方は、何か特殊な魔道具でも使っているのか、錆塵の影響を全く受けておらず、ニヤニヤと愉悦を浮かべながらフロウの足掻きを鑑賞していた。
「しぶといな――だったらこれならどうだ? 【死霊操術】」
「なっ!? 猊下!?」
ソブラは床に転がっている教皇の死体に死霊操術を発動させた。
精気を失った少年がゆっくりと立ち上がる。
「リンハルト――【始僧の聖杭】であのガキを殺せ」
ソブラはフロウが放棄したオリジナルの方の聖杭を使わせようと指示を出す。
「…………」
「どうした?」
しかし、幼い教皇はゆっくりと、ソブラへ向かって首を回し――
「タマシイヲケンノニエニ――イノリヲテンビンニ」
――ボンッ!!
操られたリンハルトは、聖教会の警句を唱えると――爆発四散した!
「なッ!?」
その爆風に煽られたソブラは、まるで【聖砂の錆塵】を喰らったかのように、肉体の表面が溶ける。
まさか――影霊術師に死体を再利用される可能性を見越し、体内に爆弾を仕込んでいたのか!?
しかも――恐らくは影霊術師に特攻効果を持つ聖属性を付与したのか、爆発の規模に対してソブラの負傷は深い。
咄嗟に腕で顔を庇ったソブラであるが、腕の肉が溶けて骨が露出している。
「シドさん! 今のうちに!」
フロウが叫ぶ。
「…………クソ!」
ソブラに殺される終わり方をするのは癪だと思った。
フロウに殺されそうだった時は、そんなこと思わなかったのに。
――シド……お主は……1人ではない……妾が、妾がおる……お主の長い人生が終わるその時まで、そして終わるその瞬間まで……ずっと、妾が隣におる……じゃから……生きるのじゃ……ッ!
「エカルラート……」
そんな時――脳裏に再生されるのは、エカルラートの最後の言葉。
足元を見れば、忌緋月とエカルラートの舌先が転がっている。
「クソ……! エカルラート――お前の言葉、信じるぞ!」
忌緋月とエカルラートの舌先を回収する。
そして忌緋月で自分の身体を切って血を纏わせると――
「《衂滅月斬》」
――ヴァナルガンドを拘束する【退魔の聖鎖】を切り刻んだ。
「ヴァナルガンド! 転移しろ!」
「ワオンッ!!」
ヴァナルガンドは俺とフロウを丸呑みして空間転移。
己の命と引き換えに影霊術師に呪いをかけ、死んだあとまで一矢報いらんとした教皇のおかげで、大聖堂から脱出するのに成功するのであった。
全てを失ったと思ったのに――運命はまだ、俺を死なせてはくれないらしい。




