125 アニスの追憶
今回はアニスの過去のお話になります。
生まれてから1度だって
神を信じたことなんてない
神様が大嫌いだった
いや
正確には
聖職者が
神の名を免罪符に
正義を振りかざし
意にそぐわない者を惨殺する
奴らの行いに吐き気がした
それでも
自分は彼らのいいなりになって
刃を振るい続けた
孤児だった自分が
保護してくれた神父の庇護を受け続けるためには
そうするしかなかったから
***
アニス・レッドビーは孤児だった。
物心ついた頃には貧困街でゴミを漁る生活をしていた。
レッドビーという苗字も、親から継いだものではない。
自分を保護した神父が付けたものだった。
そしてその神父は慈愛の精神で、浮浪者としてやせ細った哀れなアニスを保護した訳でもなかった。
聖教会には聖騎士と呼ばれる正規の自警組織と、《聖痕の騎士団》と呼ばれる特別攻撃部隊の他に、表部隊には姿を見せることはなく、闇の中で暗躍する部隊が存在した。
――送者
一言で現せば――暗殺部隊である。
6人いる枢機卿団の内の1人が総監督を務める、表面上は存在しないその部隊は、聖教会にとって害をなす者を秘密裏に処理するために存在していた。
そしてそのメンバーもまた、表向きは存在しない者でなくてはならない。
アニスを拾った神父は送者の教育係を務める男であり、アニスは神父の元で様々な戦闘訓練を施された。
かくしてレベルに見合わない戦闘技能を身に着けたアニスは、命令に従い多くの人間を殺してきた。
アニス以外にも送者のメンバーは何人かおり、彼等は懸命に暗殺任務をこなしていた。
それが正しいことだと信じて。
神が喜ばれるのだという事を願って。
教育係の神父からの愛情を求めて。
ただアニスだけは、神父が行った洗脳まがいの思想教育に染まることが出来なかった。
生来の性格だったのだろう。
出来るものなら、他の少年少女達と同じように、自分も考えることを放棄し、警句を唱えて真実から目を背けて、都合のいい正義を掲げて生きていきたかった。
***
ある日アニスの元に、新たな暗殺任務が下された。
それは枢機卿団の1人の暗殺だった。
表向きは聖教会の思想に反する背教者を断罪するという名目であったが、実際は送者を運営する枢機卿とは別派閥に属する枢機卿の存在が邪魔だったからだ。
権力争いのために、末端の人間に手を汚させる枢機卿。
それが辛うじて繋ぎとめていたアニスの忠誠心を、完全に途切れさせた瞬間だった。
アニスは逆に送者を運営する枢機卿を殺害し、教育係であった神父も殺した。
だがアニスは1つ、失態を冒した。
今まで完璧に任務をこなしていたアニスであったが、枢機卿を殺害する際、他の聖職者に殺害現場を目撃されてしまったのだ。
アニスはその聖職者も殺害すべく短剣を振るったが、軽々と防がれ、あっさりと返り討ちにあってしまった。
「(あ、ありえない……ウチがこんな簡単に……!?)」
「良い腕ですね。名前はなんと言うのですか?」
アニスを制圧した細身の老爺が、名前を尋ねる。
「……そういうアンタは誰っスか?」
「オズワルド・ワイデンライヒと申します」
聖教会に籍を置く者であれば、必ず1度は耳にする聖者の名前。
《聖痕の騎士団》の頂点に立つ、最強の聖騎士。
「《聖痕之壱》……っスか。そりゃ敵わない訳だ」
「そんな大層なものではありません――死ぬタイミングを完全に逃したくたばり損ないのジジイですよ」
それがオズワルドとの出会いだった。
「殺すなら殺すっスよ。ウチは枢機卿殺しの背教者っス」
「いえ――あなたの殺した彼は、聖教会の資金を着服し、私腹を肥やしておりました。送者という暗殺部隊を使って邪魔な聖職者を殺してね」
「ウチがその送者っス。ウチがそこで死体になっている背教者の命令に従って善良な聖職者を殺し続けた暗殺者っス」
「あなたに罪はありません。全てはあなたに命令を下した彼に罪があります――どうですか? わたしの元に来ませんか?」
「…………は?」
「その卓越した戦闘能力を――今度こそ正義のために振るわないかと、提案しているのです。《聖痕の騎士団》の席が丁度、1つ余っていましてね」
「正義っていうのは、アンタにとって都合のいい正義っスよね?」
送者から聖痕の騎士団に所属が変わっただけ。
結局自分は命令に従い命を奪い続けるだけの道具に過ぎないのだと、アニスは落胆する。
「確かにその通りかもしれません。ですが、わたしの正義が神の正義であると信じております」
「自分はアイツとは違うと言いたいんスね? そんな都合のいい言葉を信じられるとでも?」
「では、こういうのはどうでしょう――」
オズワルドは1つの提案をした。
それは、決して人殺しの命令は下さないこと。
「ウチは神なんか信じてないし、聖教会の教えを守る気もない、それは今後も変わることは決してないっス」
「今はそれで構いません――ですので、どうかわたしに力を貸してはくれないでしょうか?」
アニスは渋々――オズワルドの提案を受け入れた。
後になって気付いたが、あれはオズワルドの罪滅ぼしだったのかもしれない。
聖教会が何も知らない孤児を暗殺者に仕立て上げ、神の名を盾に無益な殺生を強要した事に対する、罪滅ぼし。
結局アニスは聖痕の騎士団に配属されてからも、神を信じようとしたことは1度もない。
正義を掲げておきながら、裏では権謀術数を駆使して邪魔な存在を排除してきた悪行を許したこともない。
アニスの心の奥底では――いつだって怒りが燻っていた。
それを誤魔化すように、多数のシスターと肉欲に溺れる関係を築いていった。
「聖教会なんか、なくなってしまえばいいのに」
そしてアニスは見つけた。
大嫌いな聖教会を――ぶっ潰してくれそうな存在を。
王族殺しの大罪人――シド・ラノルス。
たった1人で軍隊に匹敵する戦力を保有し、不死の肉体を有するシドであれば、聖教会をぶっ潰してくれるかもと思ったのだ。
故にアニスは、シドへ聖教会を壊滅させるための策を練った。
シドが最も大切にしている少女――リンを殺し、聖教会に更に強い恨みを刻もうと考えた。
復讐のために王族さえ手にかけることが出来るシドであれば、聖教会だって滅ぼしてくれると思ったのだ。
だが送者を抜けて不殺を誓ったアニスがリンを殺せずはずもなく、取った手段が、リンの死を偽装することであった。
対象の血を摂取することで他者の姿に変身するアサシンのスキル――【擬態】でもって、リンの血液を舐めてリンの姿になることで、リンが死んだと思わせた。
そうしてシドの聖教会への復讐心を刺激する――己の死までを利用した盛大な復讐計画は、見事成功することになる。
《聖痕の騎士団》はフローレンスを残し全滅。
枢機卿団も全滅し、聖教会の最後の手段である【神霊の聖像】も破壊された。
そして聖教会の頂点に立つ――教皇の命にも手がかかるのであった。




