119 暗然たる影の底から
前回のあらすじ
切断された腕の方を本体だと解釈することで、千切れた腕の方から再生する荒業で《聖痕の騎士団》の裏をかき、ヨハンナ、シーナ、カイネの殺害に成功する。
アニスに連れ去られたリンを救出すべく森の中を捜索するシドであったが、全裸のリンの死体を発見してしまうのであった。
「…………」
木の幹に背を預け、心臓に刻まれた深い刺し傷からとめどなく血を流し、服をすべて剥かれて全裸になったリンの死体――それをただ呆然と見つめて、一体何分が経過しただろうか。
先ほどまで《聖痕の騎士団》と、1秒が永遠にも感じられる体感速度で死闘を繰り広げていたというのに、今は時間が進む速度があまりにも早く感じる。
「リン……ッ!」
思い出したかのように、リンの名前を呼ぶ。
渇きに喘ぎ、喉から絞り出すように出る、情けない呼びかけ。
しかし――いつまで経っても返事が来ることはない。
――一生。
「…………シド」
エカルラートの呼びかけを無視し、リンの死体を凝視する。
ステータスを確認することが出来る、理を見通す眼でどれだけ見ても、ウィンドウがリンのステータスを表示してくれる気配はない。
名前:シド
クラス:影霊術師
レベル:115
HP:2300
MP:2530
筋力:402
防御:345
速力:437
器用:460
魔力:288
運値:240
目がイかれたかと思いたかったが、無情な現実が俺自身のステータスを正常に表示させる。
ステータスが表示されない。
つまり――確実に死んでいるという事。
この世に回復魔法はあれど、死体を蘇生させる魔法は存在しない。
ウィンディーネがいくら優れた回復魔法を扱えようと、死体には効果がないのだ。
「エカルラート――血をくれ」
「無駄じゃ」
俺の思惑を先読みしたエカルラートが残酷な事実を告げる。
不老不死の肉体を与える始祖の吸血鬼の血液は、死体には効果がない――エカルラートはそう訴えた。
「俺は1度死んでから自分に死霊操術をかけてから不老不死になったぞ」
「それは死霊術師が自分自身に死霊操術をかけた時のみ認められる例外じゃ」
「死者を生き返らせる方法は」
「――妾の知る限り存在しない」
「…………」
諦められるか。
ヴァナルガンドの異空間から、五大魔公が1つ――神脳のアーカーシャを取り出す。
コイツにはこの世のあらゆる情報が書き記されている。
直接触れるとアーカーシャに記された情報が洪水のように脳に入り込み、廃人になるらしいので、魔力で操作して表紙をめくる。
「アーカーシャ――死者を生き返せる方法を教えろ」
……。
…………。
………………。
「おい!」
――返事はない。
該当ナシということか。
藁にも縋りつこうと、わずかな可能性にかけあらゆる手段を模索するも、その全てが無情な現実に潰されていく。
「リン…………ッ!」
崩れ落ちるように両ひざを付く。
視界がぐにゃりと歪み、平衡感覚がなくなる。
リンのことを本当に大切に思っているのであれば、リンと行動を共にするべきではなかった。
ロゥロゥ氏の提案を飲み、リンをロンダリオに置いていくべきだった。
俺はリンが幸せになることが俺の幸せだと言いながらも、本当はリンと一緒にいたかったのだ。
リンの幸せではない――俺が幸せになるために、リンを手元に置いたままにしたかったのだ。
その結果が――リンの死だ。
走馬灯のように、リンと過ごした、もう2度と手に入れることも出来ない思い出が、脳裏を駆け巡っていく。
リンは俺に様々なことを教えてくれた――
俺を呼ぶ可愛らしい声。
帰宅するとパタパタと走りながら玄関まで駆け寄ってくれる笑顔。
欲しいと思ったタイミングで淹れてくれたコーヒーの味。
奴隷生活が長くろくな物を食べてこなかった俺の舌をどんどん肥えさせてくる温かい料理。
翌日には裁縫で塞がっていたロングコートの修繕跡。
リンは俺に様々な姿を見せてくれた――
魔映写機を向けられぎこちない顔でピースするリン。
照れくさそうにポニーテール姿を見せてくるリン。
髪を伸ばす薬を盛るイタズラに引っかかり困惑するリン。
「うおおおおおおおおおおお!!!!」
リンの死体を抱き寄せ、力強く抱きしめる。
人肌より冷たく、死肉よりは温かく、そして刻一刻と失われていくリンの熱。
とめどなく溢れる涙が、リンの身体を濡らしていった。
――――殺セ。
――――全テ殺シテシマエ。
――――オ前カラ全テヲ奪ッタアイツラニ。
影の奥から声が聞こえてくる。
底なし沼の如く底の見えない影の、奥の奥の底から聞こえるその声は――
「(俺の本心か)」
勇者パーティの復讐を果たし、リンと共に過ごすうちに、俺は無意識に本来の俺を封印していたのかもしれない。
《聖痕の騎士団》のセルヴァを殺した時、なぜ死体を影霊操術しなかったのか?
大規模ダンジョン崩壊の時も、本当に戦力増強を謀るのであれば、死んだ冒険者も影霊操術すべきだっただろうに。
そもそも――本当に《聖痕の騎士団》を殺すつもりなら、大規模ダンジョン崩壊で疲弊した所を狙うべきだった。
にも関わらず、秘密裏に王都の危機を救った英雄になったという偽善に充足してその考えに至らなかった。
聖教会にぶっ潰し、故郷を焼かれた復讐を果たすなどと言いながら、その実、リンと一緒に慎ましく生活出来れば満足だと思ってしまっていたのだろう。
だが――リンの死をトリガーに、影の奥に封じ込んでいた、醜悪で卑劣でグロテスクな本心が蘇った。
復讐のためなら努力を厭わず、受けた屈辱を晴らすためなら手段を選ばず、一切の躊躇なく相手を徹底的に痛めつけ、尊厳を破壊し、あえて一縷の希望をあえて与え、その滑稽な姿を嘲笑い、しかして最後は無慈悲な死を与える――――復讐鬼としての俺が、影の奥から呼びかける。
勇者パーティにそうしたように、復讐を果たせと訴える。
「…………」
「シド……」
子供の様に泣き叫んでいた状態から打って変わり、無言でゆっくりと立ち上がると、エカルラートが俺の身を案じるように声をかけてくる。
「エカルラート――お前の言葉は正しかったよ――結局俺はどこまで行っても、報復のためなら手段を選ばない修羅の復讐鬼だ」
私怨で人を殺しておいて、何食わぬ顔をして人並の幸せを享受することを、世界は許してくれなかった。
――ザザッ
――ザザザッ
湧き上がる憤怒の感情に呼応するように、足元に広がる影が荒ぶる。
竜巻の中心にいるかのように、漏れ出した魔力が俺の周囲で渦を巻き、影を含んだ黒い旋風が巻きあがる。
旋風に煽られた前髪の奥から姿を見せるのは、復讐に憑りつかれた修羅の眼。
「聖教会を――――ぶっ潰す」
ヴァナルガンドからシーツを取り出してリンの死体に被せると、そっと――ヴァナルガンドの中に入れた。
影霊術師でリンを使役することは出来なかった。
どれだけ強力な魔物であろうと、影霊は術者に絶対服従を誓う存在となり果てる。
その影と化した少女が、果たして生前のリンと同じ存在になるとは思えなかったから。
俺の思い出の中にいるリンと、スキルの効果で絶対服従の縛りを与えられた影霊との乖離を見るのが、恐ろしかったから。
もはやリンはどこにもいない。
あるのはただ、聖教会に対する復讐心のみ。
「アニスを殺すのじゃな――賢眼で奴の居場所を探してやろう」
「余計なことすんじゃねェ――知ってるだろ、俺は、本当に殺したい奴はすぐには殺さねェんだ」
目指すは、聖教会の総本山――
――大聖堂。




