117 始僧の聖杭
今回も引き続きシーナに焦点を当てた3人称です。
――パキッ!
影霊術師と死闘を続けるシーナとカイネ。
何十何百という剣戟の末――ついにシドの持つ双剣の片割れに、大きなヒビが入った。
「チッ……双剣もそろそろ限界か……ッ!」
双剣が纏う風魔力の膜で《朽ち移し》の腐敗の呪いを軽減していたが、ついに限界が訪れる。
着実に追い詰められていくシド。
しかし――シドが気付いていないだけで、聖教会もまた、タイムリミットが近づいてきていた。
「…………うぐッ!」
――ヨハンナ MP270/270
結界の外でヨハンナが喘ぎ、顔に刻まれた皺が更に深くなる。
ヨハンナが維持できる結界の残り時間は、既に1分を切っていた。
「(ここで奴に新しい武器に持ち変えられる訳にはいかない!)」
「うおおおおおおおッ!!」
シーナは更に斬撃の速度を高めた。
「行くぞカイネ!」
「分かっているッ!」
カイネと呼応する。
今は亡きセルヴァがシドの弱点を探り、汚れ役を引き受けたアニスが誘導し、結界術でヨハンナが閉じ込め、回復魔法でフロウが支援し、カイネとシーナで追い詰めていく。
《聖痕の騎士団》が紡いできた希望が――ついに実を結ぼうとしている。
「届け!」
シーナが叫ぶ。
――パキンッ!
シドの双剣の片割れが、ついに《朽ち移し》の腐敗に浸食されて砕ける。
「クソがッ!?」
シドが悪態をつく。
「届けええええええッ!!」
カイネが叫ぶ。
シドは次元の裂け目を出現させると、新たな武器を補充するために手を突っ込んだ。
もう結界を維持できる時間は殆ど残っていない。
「させるかァァ――――ッッ!!」
――斬ッ!
シーナの聖刃が、闇色の裂け目に突っ込んでいる腕を切断する。
切り落とされた腕は裂け目の中に落下し、断面が露出して空気中に晒される。
「うおおおおおおッッッッ!!」
――打ッ!
カイネの鋸鉈が、切断した腕の断面を打つ。
傷口が腐り、再生を遅らせる。
「(畳みかける!)」
――パキンッ!
カイネがもう片方の双剣を砕く。
「死ねええええッッッッ!!」
――突ッ!
シーナの放った刺突により、切っ先がシドの喉を貫き、うなじから突き出した!
《朽ち移し》の腐敗が蓄積したのだろう。
フロウが空けた胸の傷も、シーナが貫いた傷も――再生が止まっている。
「うおおおおおお!!!!」
――斬ッ!
残った腕も切断する。
やはり再生する兆しはない。
文字通り両手を失い、シドに抵抗する手段は既にない。
《朽ち移し》による腐敗が全身を巡り、ついに始祖の吸血鬼の血の力を上回ったのだろう。
影の中からエカルラートもヴァナルガンドも飛び出してくる気配もない。
「「ヨハンナ様ッ!」」
シーナとカイネが同時に叫ぶ。
ヨハンナは呼応する。
途中まで唱え、中断していた聖遺物の――最後の一節を紡ぐ。
「――――【祈り叶いし時】【不死を貫く聖なる杭とならん】――――【始僧の聖杭】」
ヨハンナの頭上に、煌々と輝く十字架の杭が出現した。
鋭利になっている先端がシドに向けられ――射出。
――突ッ!!
シドの心臓を聖杭が貫き、結界の外壁に打ち付けられて空中に磔になる。
「やったか!?」
未だ再生する気配はなく、首は力なく項垂れ、断面からは滝のように血が流れ落ちている。
1秒。
2秒。
10秒。
沈黙が続く。
シドはピクリとも動かず、肉体が再生する兆しもない。
「か、勝った……」
シーナは緊張の糸が切れ、膝から落ちて座り込んだ。
カイネも「ぜぇぜぇ」と息を荒げながらも、喉が潰れるのもお構いなしに「うおおおおお!」と雄叫びを上げた。
喜びもつかの間、シドの行動を制限し続けていた、ヨハンナの結界が崩壊し、解除される。
「はっ!? ヨハンナ様ッ!?」
【始僧の聖杭】は不死だろうと問答無用に死を与える最強の聖遺物であるが、代償として使用者は心臓を失う。
それにより結界が維持できなくなったのだ。
シーナは既に疲労が限界を迎えている肉体に鞭を打ち、ヨハンナに駆け寄る。
息も絶え絶えになっているヨハンナが、汗で前髪を張りつかせながらも、呼びかけに答えた。
「よくやってくれました……シーナちゃん……」
「ヨハンナ様……」
「後のことは……頼みましたよ……」
「……はい、承知しました」
頽れるヨハンナの前に涙を流すシーナ。
その時――!
――ザクッ!!
「ガハッ!?!?」
身体が浮き上がり、胸部に激しい痛みが走る。
「クカカ――よもやよもやじゃ――本当にシドの策がうまくいくとはのゥ」
「お、お前は……ッ!?」
シーナはゆっくりと、宙に浮いた状態で首を後ろに向ける。
そこには金色の髪を伸ばした絶世の美女――エカルラートが凄惨な笑みを浮かべていた。
「なぜ……ゴハッ……生きて……いる……ッ!?」
術者が死ねば、死霊操術で操っていた魔物も動かなくなるはず。
にも関わらず、エカルラートは生きていた。
日光の下にいてもなお、月光を思わせる美貌がシーナを射止めている。
結界が消滅したのをいいことに、五指から伸ばした真紅の爪で胸部を貫き、腕を掲げてシーナを宙釣りにしたのであった。
「ガハッ!?」
別の方向から、カイネのうめき声が聞こえる。
「(まさか……ッ!?)」
カイネの方に視線を向ける。
「シド…………ラノルス…………ッ!?!?」
そこには刃が紅色に輝く刀で、カイネの心臓を貫く黒髪の青年の姿があった。
四肢は全て再生しており、胸部の傷も最初からなかったかのように塞がっていた。
「(ありえない!? 確かに奴は聖杭で心臓を貫かれたはずだ!?)」
――ベチャッ!
エカルラートは腕を振るい、シーナを地面に叩きつけた。
シドの肉体は五体満足に再生しており、ここまでの努力が、払った代償――その全てが水泡に帰した――その絶望感に打ちひしがれながら、シーナの意識が急速に遠のいていく。
「(ああ……フランシス様……今、会いに行きます……あなたの意思を汲み取れず、私怨に生きた愚かな私を……あなたは許して下さるでしょうか……?)」
エカルラートは地に伏せるシーナの頭部を、真紅の凶爪で貫いた。
心臓と脳――急所を徹底的に破壊されたシーナは、HPが0になり死亡する。
「…………リン、今行くぞ」
シドの方も忌緋月でカイネを殺害。
残る《聖痕の騎士団》は――フロウのみ。




