116 《聖痕之参》――シーナ・アイテール
今回はシーナに焦点を当てた3人称視点です
《聖痕之参》――シーナ・アイテールが最も鮮明に覚えている記憶。
「フランシス様! 早く傷の治療をしてください」
「えへへ……やられちゃった」
10年前。
シーナ・アイテール――15歳。
当時《聖痕之参》の席を持っていたフランシス・キューティクルが、シーナの胸の中で力なく笑う。
「フランシス様!」
シーナは叫ぶ。
フランシスの腹部には大きな刺し傷が出来ており、とめどなく溢れる血が、純白の法衣を浸食するように染めていく。
シカイ族――ラノルス氏族との戦い。
影霊術師を恐れた聖教会はシカイ族を異端認定し、フランシスを指揮官にしてシカイ族狩りを始めた。
無論シカイ族も、黙って殺されるのを黙認するはずもなく反抗に出た。
その合戦の最中――フランシスはシカイ族の凶刃の前に負傷した。
戦局は既に聖教会の勝利がほぼ確定となっていた。
だが――一矢報いらんとする最後の抵抗に、フランシスは倒れたのであった。
「シーナちゃん……1つ、お願いごと、してもいいかな……?」
「その前に傷を!」
「2歳になったばかりの娘がいるんだ……フローレンスって言うの。その子のこと、お願い出来るかな? 私の代わりに……立派な聖職者に……育てて……欲しいの……」
フランシスの白皙の肌が、更に青白くなっていく。
シーナは何度も師の名前を呼び続けた。
シーナは孤児で、フランシスの運営する孤児院で育ち、彼女に憧れて聖騎士の道を選んだ。
そしてようやく、共に戦えるようになったのに、憧れの師は胸の中で冷たくなっていく。
「フランシス様!」
類い稀なる才能を持ち、あらゆる傷を瞬時に癒すことの出来るフランシスが、何故自分の傷を治さずに逝ったのか、当時のシーナは分からず、ただ泣き叫ぶことしか出来なかった。
シーナの人生の殆どを埋めるフランシスを失い、最後に残ったのは、シカイ族への復讐心だけだった。
***
「(きっとフランシス様は、これ以上シカイ族を殺さないために、あえて、シカイ族の攻撃を受けたのだろう)」
――時は戻り現在。
ヨハンナが展開した結界の中。
エカルラートの凶爪に倒れ、走馬灯を見たフランシス。
しかしフロウが放った長距離回復魔法――【|万里を超えし慈愛の息吹】で戦線復帰する。
――キンッ! キンッ! キンッ!
刃と刃が幾度も重なる。
長剣でシドに連撃を繰り出しながら、フランシスのことを思い返した。
シカイ族のスキル――死霊操術で操られた者は魂が穢れ天の門を潜れない、故に誅するというのが枢機卿団の建前であった。
故に信徒である聖騎士はシカイ族との戦いを恐れており、傷を癒してくれるフランシスももういない。
また生き残ったシカイ族の氏族達が集結して連合を作り徹底抗戦の意を示したのも、聖騎士達の士気を低下させた。
フランシスは回復魔法で負傷した聖騎士を即座に治療したことで、最もシカイ族を殺した聖騎士と呼ばれた。
だが――同時にシカイ族への迫害に1番反対していたのもまた、フランシスであった。
フランシスが殉職したという知らせを聞いた枢機卿団は、シカイ族への迫害を一旦の中止とした。
既にシカイ族の数は1/10まで減少し、十分な成果を出していたし、これ以上貴重な聖騎士を失うのは割にあわないと判断したのだろう。
「(フランシス様は、100のシカイ族を残すため、1000のシカイ族を殺す選択をしたのだろう。全ては慈悲のため。そして最後は、贖罪のためにあえてシカイ族の攻撃を受けた)」
シーナは考察する。
「(だが――あなたはあまりにも優しすぎた。名実共に聖人過ぎた。あなたがシカイ族に殺されたことで、むしろシカイ族に復讐心を抱く聖職者が多数現れた。そういった聖職者の声に呼応し、シカイ族は奴隷民族だという差別意識が民衆達の間に根付いてしまった)」
隣を見る。
そこにはシーナと共に、鋸鉈を振るうカイネの姿があった。
その動きはぎこちなく、心臓の負傷による後遺症によって全盛期程の激しさはない。
それでも彼は死に物狂いで戦っている。
その原動力もまた、シカイ族への恨み。
――カイネも私と一緒だ。
「(誰よりもシカイ族との共存を望んでいたフランシス様であったが、あなたの死によって、私も、カイネも――シカイ族を恨んだ。大義名分は枢機卿団が与えてくれた。あなたは自分を過小評価し過ぎていた。本当にシカイ族に慈悲を与えたいのなら、あなたは生き残るべきだった。例えいくらシカイ族に恨まれようとも!)」
幾々もの刃を重ねる。
シドは強い。
影霊を封じ、レベル90とレベル110を2人同時に相手してもなお、決定的な一打を与えられずにいる。
左右に持った双剣で、シーナとカイネの連撃を捌いている。
バケモノと言わざるを得ない。
果たして――今までどれだけの修羅場を潜ってきたのか。
「(分かっている。これが私怨だと。フロウの訴えは全て正しい。その生き方も、魂の持ち方までも、あの子はフランシス様そのものだった。あの方が果たせなかった思いを継ぐように)」
10年以上研鑽し続けたシーナの剣は、やはりシドに届かない。
それでも彼女は刃を振るう。
少しでもいい、隙が出来ればカイネの《朽ち移し》がかすれば、少しずつ奴の動きは鈍くなっていく。
そこを背後に控えるヨハンナが不死を殺す【始僧の聖杭】で貫いてくれる。
「(枢機卿団の決定を盾に、私はフロウの言葉を無視し、耳を塞ぎ続けた。だが――これで最後にする。最後のラノルス氏族をこの手で葬り、過去と決別する。そうしたら――お前に謝罪したい。だから、コイツを殺すことを許してくれ)」
――キィィィィンッ!
「――ガハッ!?」
遠方から飛来した一筋の光が、シドの胸部を貫いた。
フロウの超長距離回復魔法が、アンデッド属性のシドの身体を削り取ったのだった。
「今だ!!」
シーナは剣を振るう。
過去との因縁を断ち切る白き刃を――




