114 リンの覚悟とアニスの願い
命乞いを聞くと罪悪感が薄れた
あいつらの命乞いは
揃いも揃って己の罪を他人に押し付け
己の罪を正当化するクズばかりだったから
血に濡れたナイフの先端から
ピチャリと一滴血が垂れて
足元の血だまりが跳ねる
「こんばんは、お嬢さん」
「誰っスか?」
「ただの――くたばり損ないのジジイですよ」
死体が――もう1つ増えそうだった
***
「【サンダーエンチャント】――【急所突】!」
「――がはッ!?!?」
――突ッ!
――バチバチバチッ!
アニスの心臓部に、深々とナイフが突き刺さる!
サンダーエンチャントで雷属性を付与され、突き刺さった後も放たれる放電がアニスの体内をズタズタに破壊していく。
「はぁ……はぁ……ッ!」
首を絞める力が緩み、リンは気道を確保する。
対するアニスは、ゆっくりと後ろ向きに倒れ、木の幹に背中を預けた。
不可抗力ではない。
明確な反撃の意思を持って、人を殺める覚悟を持って、アニスに反撃した。
「はは……やるッスね……リンリンちゃん……」
シドは世間では王族殺しの大罪人と蔑まれている。
だが――悪や善などどういう基準で決めるのか?
貧しい農村にも重税を課し、奴隷制度を是とし、弱者から搾取し続けることで貴族が潤い、国を維持している王宮は本当に善と言えるのか?
かつては多数あった宗教を滅ぼし、聖教会が定めた思想にそぐわないという理由だけで迫害する歴史を持つ聖教会は本当に善なのか?
例えシドがどれだけ人を殺そうが、今後どれだけの悪行を果たそうが、手を差し伸べてくれなかった他の誰よりも――奴隷だった自分を救いあげてくれたシドの為に生きる。
それが――リンリン・リングランドの覚悟であった。
「どうして……避けなかったのですか……?」
リンのレベルは31。
中堅冒険者級のステータスを有しているものの、戦闘技術は素人同然である。
レベル差を覆し、シドを翻弄するだけの技能を持つアニスが、リンの攻撃を大人しく喰らうのはあまりにも不自然であった。
「はは……死ぬときは女の子に刺されたいって思ってたんスよ……無惨に魔物に喰い殺されるのは、嫌っスから」
「答えになっていません! アニス様! 答えてください!」
リンは問い詰める。
「ダメっスよリンリンちゃん……そんな顔しないで欲しいっス……ウチ……女の子が悲しい顔するの……見たくないんスよ……がはッ!?」
全身を駆け回る雷撃に内臓をやられ、吐血するアニス。
ふとリンは気付いた。
アニスに刺されたはずの脇腹の痛みが、予想よりも少ないことに。
レベルを上げたからというのもあるだろう。
だが――リンの傷口は、主要な血管や内臓を避けて刺さっていることに気付く。
「もしかして……わざと……喰らったのですか……?」
「ごめんねリンリンちゃん、2回も刺したうえに、首締めちゃって……痛かったっスよね……?」
「どうして!」
リンは刺し違える覚悟でアニスに反撃した。
にも関わらず、アニスは血を吐きながらも、いつもの飄々とした態度でリンの質問を受け流す。
「ウチも、フロウちゃんみたいに……己の信念ってやつを貫きたいって思ったんスよ。ま、リンリンちゃんには関係のないことっスよ」
ズルズルと、木の幹に背中を預けたまま落ちていき、尻を地面につけるアニス。
そのままアニスは雷撃で痺れる腕を動かしながら、心臓に突き刺さった短剣を抜き――リンに手渡そうとする。
短剣が抜けたことで、一気に出血が酷くなる。
「これ……受け取って欲しいっス……リンリンちゃんには、まだ何もプレゼントしてないこと、気付いたんで……」
「な、何を言ってるんですか……?」
リンの小さな手に、そっと短剣を握らせる。
「ほら、シドお兄さんはあっちっスよ……元気な姿を見せてあげるっス……そうしないと、リンリンちゃんの大好きなシドお兄さんが、本当に殺されちゃうッスよ?」
アニスの真意は分からない。
だが何よりも優先されるシドの身が危険なのもまた事実。
リンは背を向け、アニスの指差した方へ一歩足を踏み出す。
「さようなら……あなたは私に出来た初めての友達です」
「はは……嬉しいなぁ……今でもそう思ってくれてるだなんて……」
リンは駆けだす。
リンの背中が見えなくなったのを確認してから、アニスは重たくなった瞼を閉ざした。
「結局ウチの人生……最後まで空っぽだったなぁ。フロウちゃんもリンリンちゃんも、ウチには眩し過ぎるっス」
アニスには複数の恋人がいる。
アニスは理解していた。
いつ、どんなときに、どんな言葉を囁けば喜ぶのか。
どんなお店に連れていき、どんなプレゼントをすれば喜ぶのか。
でも――だからこそ、アニスはどの恋人に対しても、素の自分を見せることはしなかった。
本当の自分に価値がないことを知っているから。
そうやって空っぽのまま生きてきた。
淡々と仕事をこなし、何を言われても飄々と受け流し、仮面を被った自分に寄ってくる少女を手籠めにし、空っぽの自分に価値を見出そうとした。
でもたった1人だけ、アニスの心を動かした少女が1人だけいた。
――フローレンス・キューティクル。
彼女は聖教会の思想に染まりながらも、己の意思を曲げない強さを持っていた。
フロウの火傷しそうな熱意に、強固な信念に、悩み傷つきながらも曲げない意思に――アニスの心は揺れ動いてしまった。
「ウチも、やりたいことをすることにするっスよ……でも、それはフロウちゃんの求めるものとは違うものになるけれど……」
アニスは最後に力を振り絞り、指に付着した血液を舐めた。
リンの腹部に短剣を刺したときに付着した、リンの血液を。
「これはリンリンちゃんへの慈悲とかじゃないんス……ウチの薄汚い私怨に、君とシドお兄さんを利用するだけなんスよ……」
そして――最後にスキルを発動させる。
「――――――――」
アニスの願い。
聖教会をぶっ潰したい。
AIイラスト付きおまけSS第12弾です。
シド、リン、エカルラートのほのぼのとした日常回です。
普段と少しだけ違うリンの姿が見れます。
(だから今それどころじゃないだろ……!)
リン「ご主人様、コーヒーが入りました、どうぞ召し上がってください」
シド「ん? なんかリン、いつもと雰囲気違くないか?」
エカルラート「おー、よく気付いたのゥ、シド。ほらな、妾の予想通りこちらから言わなくともシドなら気付くと言ったじゃろう?」
リン「実はシャンプーを変えてみたんですけど……いかがでしょうか?」
シド「なんかいつもよりサラサラになってるぞ!」(リンの髪を手で梳くシド)
リン「ひゃわっ! ご、ご主人様……そんなに触られると……は、恥ずかしいです……///」




