109 《聖痕之弐》――ヨハンナ・ホーエンツォレルン
前回のあらすじ
リングランド村跡地を当面の拠点にしていたシドの前に《聖痕之陸》アニスが姿を見せる。
アニスはアサシンのスキルで陽動をかけてリンの脇腹に短剣を突き刺した上誘拐すると、シドを誘導するように逃走するのであった。
「見えたッ!」
アニスはリングランド村と隣接している林の方に逃げ込んでおり、その背中を視界に捉える。
リンは脇腹を負傷しぐったりとしているが、恐らく生きているはず。
痺れ毒のようなものが、刃に塗られているのだと推察する。
「あのペテン尼――ぜってぇ殺すッ!」
――プツン。
――ビュンビュンビュンッ!
脛に僅かな違和感。
直後――左右同時に飛来する短剣の雨。
「トラップか!」
足元に糸を張り、それを引っ張ると作動するタイプのトラップ。
跳躍して回避する。
――ギギギ……ガコンッ!
またしても足裏に違和感。
今度は遠心力でエネルギーを帯びた巨大な丸太が飛んでくる。
『飛びナイフで避けた先にピンポイントに次のトラップの起動スイッチを仕掛けるとはのゥ――いつの間にこんな大がかりなトラップを仕掛けたのやら……』
腕をクロスして丸太を受け止める。
ご丁寧に断面が巨大なささくれの如くギザギザと加工されており、殺傷力も高くなっている。
不死身だからこの程度の罠は脅威に成り得ないが、時間稼ぎとしては十分な仕掛けだ。
『シド――少し冷静になれ』
「それが出来たら苦労はしねェよ!」
諫めるエカルラートを無視し、俺は小さくなったアニスの背中を追いかける。
逃走するアニスは林を抜け、開けた場所に出る。
よし――ここなら罠を張るのも難しいだろう。
直線で一気に距離を詰める。
と――思った矢先。
「先に謝っておくっス。騙してごめんなさい」
「――――は?」
どういう訳か、アニスは立ち止まり、こちらを振り返る。
逃げきれないと判断して諦めたのか?
――違う。
――誘いこまれた。
気づいたときにはもう遅い。
――――キィィィィンッッ!
俺を中心に、地面が円形に輝き、眩い光が降り注ぐ――!
――ズシンッ!
「がッ!?」
光を浴びた瞬間、全身に鉛を埋め込まれたかのように身体が重くなり、思わず片膝をつく。
重力が数倍になったかのような負荷。
プルプルと腕が震えている。
「あなたの為に用意した特注の結界ですわ」
「ッ!」
『あれは《境の聖母》――ついにでおったな』
重たい首を持ち上げてなんとか正面を見れば、アニスの隣に1人の白髪の老婆がいた。
かなり歳を取っているのは確かだが、老いてもなお上品な顔立ち。
彼女は1メートル程度の魔法陣の中心に片膝を付いて座り込み、両指を組んで複雑な手印を作っていた。
「(《境の聖母》――《聖痕の騎士団》の1人か?)」
『左様――《聖痕之弐》。名はヨハンナ・ホーエンツォレルン。結界術を得意とする陰湿なババアじゃ』
「(陰湿なババアなのはお前も同じだろ)」
『今シドの周囲を包んでいる光は――あ奴の生成した結界術じゃ。恐らくは対象を影霊術師に限定することで拘束強度を高めておる』
「久しいな――シカイ族」
「会いたかったぞ――ラノルス」
追い打ちをかけるように、更に2人の新手が姿を見せる。
1人は長い金髪をポニーテールに括り、白い鎧を着た女騎士。
その整った顔には見覚えがある。
デュラハンのいたB級ダンジョン【黒首塚】へ向かう途中、乗り合い馬車で喧嘩を売ってきた聖騎士だ。
フロウの教育係のような立場だったのを覚えている。
もう1人はノコギリのような形状の刃を得物にする、全身を包帯で包んだミイラ男。
切りつけた対象を腐敗させる聖遺物――《朽ち移し》を所有する厄介な狂戦士だ。
心臓に刃物を突き刺しても死なない、不死の俺もビックリな生命力の持ち主。
「《聖痕之参》――シーナ・アイテール」
「《聖痕之肆》――カイネ・カイウェル」
2人の聖騎士はそれぞれの得物――長剣と鋸鉈を抜きながら名乗りをあげる。
「へっ! ご丁寧なご挨拶どうもありがとよ……!」
リンをかっさらい、冷静さを失った俺を目的の場所まで誘導する。
そして結界術とやらで閉じ込め――総戦力を注ぎ込んで確実に殺す。
まさか王都から離れた辺境の地で、これほどまでに相手に有利な空間を作り上げられるとは思いもよらなかった。
《聖痕之弐》――ヨハンナ・ホーエンツォレルン。
《聖痕之参》――シーナ・アイテール。
《聖痕之肆》――カイネ・カイウェル。
《聖痕之陸》――アニス・レッドビー。
生き残っている《聖痕の騎士団》の5人の内――4人が集結している訳か。
「こんな大陸最南端に戦力かき集めて……聖教会も随分と暇なんだな」
「身体が動かなくとも、口の方は達者だな――シカイ族」
女聖騎士――シーナが侮蔑を込めた声で罵る。
どうやらここで決着をつけるらしい。
となれば――かつてエカルラートを殺した、不死殺しの聖遺物も持ち込んでいると見ていいだろう。
「ご挨拶が遅れましたことお詫び申し上げますわ。わたくしは《聖痕之弐》――ヨハンナ・ホーエンツォレルンと申します」
「結界かなんかで俺の動きを縛って安全を確保してから姿を見せるとは、随分臆病なババアだな」
「長生きの秘訣ですよ。おかげでこの歳まで生きながらえることが出来ました」
俺の挑発には乗らず、聖騎士達は淡々と自己紹介を続ける。
様式を重んじることで、あたかも自分たちに正義があるように。
なんの罪もない少女を傷つけておいて、それが「お前の罪だ」と責めるように。
「義勇の誓いを剣の贄に、聖騎士の祈りを天秤に掲げ――影霊術師を斬殺する」
「朽ちた心臓を剣の贄に、朽ちぬ祈りを天秤に捧げ――影霊術師を鏖殺する」
「光の境を剣の贄に、聖母の祈りを天秤に掲げ――影霊術師を滅殺させて頂きます」
アニスだけが無言を貫き――憂いを帯びた顔で俺をじっと見つめていた。
かくして【影霊術師】と《聖痕の騎士団》――最後の戦いが幕を開ける。




