108 嘘吐きアニスちゃん
今回から再びシドサイドの話になります。
&第3章も局面に突入です。
現在地――リングランド村跡地。
「てやああああああああッッッッ!!」
いつものメイド服を着たリンが、短剣の切っ先を俺へ向けて突撃してくる。
奴隷契約が解消され、自由になったリンが積年の鬱憤を晴らすため――ではない。
もしそうだとしたら俺はショックで心臓が止まってしまう自信がある。
「(いや――既に止まってるけど)」
痴情のもつれではない。
リンの戦闘訓練のための摸擬戦だ。
故に一歩横にズレ、半身を反らしてリンの突撃を回避する。
「まだですッ!」
突進が空振りに終わったリンは、地面に着地するとゴム毬のように跳ねて方向転換。
身を翻しての刺突攻撃。
「甘い!」
――キィン!
構えた短剣でリンの攻撃を弾く。
リンは負けじと乱撃を繰り出す。
俺はそれをすべていなしていく。
「次はこっちから行くぞ!」
攻守交替。
今度は俺が短剣を振り回す。
リンは冷や汗を流しながらも、ギリギリの所で俺の攻撃をいなしている。
「(ま――リンの実力に合わせた速度で振ってるんだけど)」
「リン頑張るのじゃ! 負けるなー! シドを倒すのじゃー!」
少し離れた所にいるエカルラートは、木材を組み合わせて作ったお手製のベンチに腰掛けている。
摸擬戦を肴にリンゴをむしゃむしゃと齧りながら野次を飛ばしていた。
――ソブラとの影霊合戦から一週間が経過。
あれからソブラからコンタクトはなく、俺達は廃村となったリングランド村を当面の拠点としていた。
そこで――リンのレベル上げも十分に行ったので、次のステップとして戦闘訓練を行っている次第だ。
リンの実力にあった影霊に稽古を任せれば楽なのだが、影霊達は加減が苦手なので、万が一にでもリンが大怪我したら一大事なので、俺が相手をしているのである。
俺の場合は不死だから、自分より遥かに強かった影霊を師匠につけることが出来たし、何より強くなるためのモチベーションがあったので、無茶な修行をつけられた。
でもリンの場合はあくまで護身のための修行。
これくらいのぬるさが丁度良い。
エカルラートには「過保護すぎるじゃろ」と嫌味を言われたが……。
「よし、今日はここまで」
「は、はいっ! ありがとうございましたっ!」
玉の汗を流すリン。
俺はヴァナルガンドからハンドタオルを取り出し、労うようにリンの顔を拭いてやる。
「あぅ……あぅ……/// ご、ご主人様、じ、自分で拭けますからぁ……」
「いやじゃから過保護か」
呆れているエカルラート。
俺の稽古が厳しすぎてリンに嫌われたら泣いてしまうので、優しすぎるくらいが丁度いいんだよ。
「あの、私もご主人様のお顔、拭かせて頂きます!」
「俺は汗かかないから大丈夫だ」
「そ、そうですよね……」
――と、そんな風に穏やかな時間を送っていると。
「よっス――ご無沙汰してるっス、お三方」
「「「ッッッッ!?!?」」」
背後から声をかけられる。
急いで振り返ると、そこにいたのは――赤髪の少女聖職者。
見紛うはずもない。
《聖痕之陸》――アニス・レッドビー。
アサシンスキルで翻弄し、勝ち逃げのような形で苦い記憶を受け付けた因縁の相手。
「(なぜここが分かった……いや、ゴブリンの森の隠れ家もバレたんだ。遅かれ早かれこうなることは分かっていたさ)」
「おっと! そう露骨に殺気を向けないでくださいっス。喧嘩を売りにきた訳じゃないんスよ」
「影霊術師を殺そうとしている聖教会がどの口で言ってんだよ」
リンはアニスが聖教会であることは理解しているが、同時に恩義のある友人でもある。
複雑な心境でアニスのことを見つめていた。
アニスはそんなリンの心境を汲み取ったのか、安心させるように笑みを浮かべた。
「一言で言えば――亡命っス。シドさんの仲間になりにきたんスよ」
「…………はぁ?」
「信じられないのも分かるっス」
「金でも義理でもなく、信仰で動くテメェ等がそう易々と聖教会を裏切れる訳ねェだろ。嘘は休み休み言え」
「――はい、嘘っス」
――ザクッ!
「う゛……ッ!?」
「…………は?」
後ろから、リンのうめき声。
振り向けば、アニスがリンに肉薄しており、リンの脇腹には短剣が突き刺さっていた。
「分身じゃ!」
エカルラートが叫ぶ。
俺の前に姿を現したのは陽動。
胡乱な言葉で惑わし、思考がアニスに向いた所で、背後からもう1人のアニスがリンをかっさらう。
分身――ステータスを半分にすることで、実体のある分身を作るスキル。
アニスの作戦に気付いた時には――もう手遅れだった。
「リンッ!!」
脇腹に短剣を突き刺したまま、アニスはリンを担ぎあげると、俺に背を向けて逃走する。
慌てて追いかけようとするが――最初に姿を見せた方のアニスが、短剣による斬撃を繰り出してきた。
「シド!」
エカルラートが高速で俺とアニスの間に割り込み、赤い爪を鉤爪のように伸ばしてアニスへ振りかざす。
だが切り裂かれたのはアニスの法衣だけ。
「テメェの姑息なやり方は分かってんだよ――ウィンディーネ、障壁魔法!」
「にゃッ!? 出れないっス!?」
前回の経験から――次にアニスが強襲をかけてくるのは真上。
俺は即座にウィンディーネを召喚し、障壁を張らせる。
俺を守るようにではない。
アニスを閉じ込めるように、だ。
アサシンの回避スキル――《空蝉》で攻撃を回避してから頭上に出現し、刺客から脳天を突き刺すのがアニスの黄金パターンであることは既に把握済み。
故にアニスの出現場所を予め予測し、球体状の障壁を展開した訳だ。
分身でステータスが半分になったアニスでは、ウィンディーネの障壁を破ることは難しいだろう。
「急所による初見殺しも、殺されなければ対策を練るのは簡単だ――アホが」
「…………」
俺はアニス(恐らく分身の方)を閉じ込めたまま、リンを連れ去った方のアニス(恐らく本物の方)を追う。
いくらリンが修行して中堅冒険者クラスのステータスを持っており、かつアニスが分身で弱体化してると言えど、アニスから自力で脱出出来る実力は伴っていない。
「あのペテン尼――ぜってぇ殺すッ!」
リンを傷つけたアニスに必殺の誓いを立て、全力疾走でアニスを追うのであった。




