107 信仰と正義と祈りと権力
前回のあらすじ
アニスはフロウの運営する孤児院で夕飯をごちそうになった後、フロウに相談を持ちかけられるのだった。
「影霊術師――シドさんのことです」
フロウはゆっくりと語る。
アニスは静かに耳を傾ける。
フロウがまだ一端の見習い聖騎士であった頃、S級ダンジョン【緋宵月】にて、まだ指名手配になっていない頃のシドと出会ったこと。
ダンジョントラップで仲間とはぐれてしまい、魔物に襲われた所をシドに助けて貰ったこと。
ヴァナルガンドという巨大な魔物を共闘して討伐し、心地よい縁を感じとったこと。
そして――先日の未曾有の大災害。
大規模ダンジョン崩壊によって王都が滅亡の危機に晒された際も、シドの応援によって窮地を脱したと言っても過言ではなかったこと。
フロウにはとても、シドは王宮や聖教会がいうような、極悪人とは思えなかった。
「…………」
フロウはそれらをアニスに語った。
「私は――どうしたら良いのか分からないのです」
王族殺しの大罪人にして、かつて大陸を揺るがす脅威となった影霊術師に覚醒した青年。
だがシドは意味もなく人を殺すような人間だとは思えないし、国を傾ける能力を持っていたとしても、実際にクーデターを起こすような人柄ではないと信じている。
何か事情があるのかもしれない。
もし――勇者パーティの方に非があったのだとしたら?
王宮は権力を行使して真実を隠し、一方的にシドを糾弾しているのだとしたら?
フロウは勇者パーティに1度だけ会ったことがある。
勇者パーティの1人が、魔物の毒で腕を負傷し、治療を求めてきたことがあった。
フロウは勇者パーティの重騎士ガーレンに、威圧的で大きな声で怒鳴られ、恐ろしい思いをした。
勇者パーティと影霊術師――どちらが信用できるかと言えば、フロウがシドを選択するのは自明の理であった。
「でも……でも……シドさんが生きている、ただそれだけで、人々はシカイ族に不安を抱きます」
「(そうっス――フロウちゃんの夢を叶えるためには、シド・ラノルスの存在は邪魔すぎる)」
フロウは聖教会の黒歴史によって生まれた、シカイ族への差別意識を取り払いたい。
だがシカイ族であるシド・ラノルスが第二王子を殺したことで、シカイ族の地位は更に地に落ちることとなった。
民衆はシドを恐れ、未だ捕まっていないことに不安を抱いている。
恐怖と不安はやがて、怒りと鬱憤に変わり――罪のないシカイ族にぶつけられる。
シドを生かすか。
シドを殺すか。
前者を選べば、道は険しいものも、フロウが理想とする道と言える。
後者を選べば、ある程度の妥協の末、夢の終着点は一気に近づくだろう。
だが後者は――シカイ族が影霊術師に覚醒することを恐れた聖教会が、若い芽を摘み取るように虐殺した行為と同じである。
大陸に住む1000万人の民を守るため、脅威となりうる1000人のシカイ族を虐殺すること。
それは生き残った100人前後のシカイ族の安全を守るため、1人のシカイ族を抹殺する事と――同じことではないのだろうか?
更に付け加えれば――シドの抹殺に異を唱えるということは、聖教会の方針に逆らうという事。
そんなことをすれば最悪の場合、僧籍を剥奪されかねない。
そうなれば孤児院の運営は維持できなくなるし、生まれた頃より聖教会の元で育った彼女が、信仰を取り上げられる人生に耐えられるとは到底思えない。
だとしても――――己の意思を曲げたくない。
「いくら考えても……答えが出ないんです……私は、どうすればいいのでしょうか……っ!?」
フロウは目尻に涙を溜めながら、アニスの服を掴んだ。
救いを求める子猫を彷彿とさせる上目遣いで、アニスに助言を求めている。
孤児院の子供達に見せた、聖女を彷彿とさせる頼もしい姿はそこにはない。
どれだけ気丈に、高潔に、清廉に生きていても、彼女はまだ、12歳の少女でしかないのだ。
「――それは、フロウちゃんが決めることっスよ」
「……ッ!?」
そっとフロウを抱き寄せ、小さな頭を優しく撫でた。
決して突き放している訳ではないと、理解してもらう為に。
「普通、こんだけ悩んでも答えが出ない場合――人はより簡単な選択肢を選んでしまうモンっス。でも、フロウちゃんは簡単な道を選ばなかった。だったらそれはもう、枢機卿団の命令でも、友達の言葉ではなく、自分の心で決めるものっス」
「アニス様……でもっ」
「だけど、フロウちゃんがどんな選択をしようと――ウチはその決断を尊重するっスよ」
目を赤く腫らすフロウの目尻に指をあて、そっと涙を拭う。
月明りに照らされた聖女の娘は、まるで聖典に登場する天使のように可憐で、そして慈悲深かった。
「それが友達ってモンっスから」
――それに、ウチは元々どっちつかずの物臭尼僧。
――神は信じてないけど、君のことを応援したい……そう思ったッス。
「友達……ですか……? 私と、アニス様が……?」
「ありゃ? 嫌だったスかね……?」
「い、いえっ! そうではなくっ! 私……その、お友達と言える人は今まで1人もおらず……アニス様が、私の初めてのお友達ですっ!」
「(初めてのお友達――ね)」
アニスはその言葉を聞いて、以前にも同じ言葉を言われたのを思い出す。
シド・ラノルスの飼っている奴隷――リンリン・リングランドのことだ。
「(そういえば、リンリンちゃんは元気してるっスかね?)」
可憐なメイド服を着たラギウ族の少女も、同じ月を見ているのかもしれない。
リンリンのことを思い出す。
彼女は奴隷とは思えないくらい溌剌としていて、主であるシドを信頼して懐いていた。
「(シドお兄さん――やっぱ悪い人じゃないんスかねぇ……だとしたら、ウチは……)」
信仰と正義。
集中した権力、蹂躙される少数部族。
他者からの命令と自分の意思。
「(ウチもやってみようかな……本当にやりたいこと)」
フロウの熱情に影響され、とうに冷めきったはずの情熱にも僅かな熱を帯びるのを実感するアニスであった。
***
――数日後。
――大聖堂にある《聖痕の騎士団》の会議室。
生存している《聖痕の騎士団》が揃ったことを確認した《聖痕之弐》――ヨハンナ・ホーエンツォレルンは、全員の目を見渡してから――ゆっくりと告げた。
「影霊術師――シド・ラノルスの居場所が判明しました」
「「「「――ッ!」」」」
他のメンバーは、ヨハンナの言葉に緊張感を高める。
「彼は第二王子シルヴァン殿下と、同胞である元《聖痕之漆》リリアムちゃんを殺害し、先の大規模ダンジョン崩壊の主導者でもあります――そして何より、彼のスキルは極めればこの国の存在そのものを脅かしかねません」
「(えっ……シドさんが、大規模ダンジョン崩壊の主導者……?」
フロウは予想外の事実に動揺を覚える。
「そ、そんな訳ありません! むしろ彼がいなければ王都は今頃甚大な被害を被っていたはずです!」
「既に証拠が見つかっております。恐らく彼の目的は王都の戦力を削ぐと同時に、己の戦力を増強するためにあのような手段に出たのでしょう」
「…………」
何かの間違いだと思いたいフロウであったが、他のメンバーの圧に押されて、これ以上シドを擁護することが出来なかった。
「次の襲撃作戦でもって、わたくし達《聖痕の騎士団》の総力をあげ、シド・ラノルスを確実に抹殺します」
「(ついに来たな)」
「(シド・ラノルス、今度こそ貴様を)」
「(覚悟、決めないとっスね)」
「(シドさん……)」
ヨハンナは続ける。
「皆さん――魂を剣の贄に、祈りを天秤に」
「「「「魂を剣の贄に、祈りを天秤に」」」」
死の恐怖を薄れさせる、便利な警句。
アニスの嫌いな言葉だ。
――決戦の日は近い。
今回のAIイラスト付きおまけSS11弾です。
カイネ(ミイラ男)、セルヴァ(シドに殺された薬師)、フランシス(フロウの母親)の過去編です。
つってもいつも通り内容はしょうもないです。
~15年くらいまえ前~
セルヴァ「カイネ、フランシス――動物と喋れるようになるポーションが完成したヨ」
フランシス「やば、めっちゃ凄いじゃん!」
カイネ「……またしょうもない物を作りやがって」
フランシス「でもカイネ君、大聖堂の裏に住み着いてる野良猫に喋りかけてるじゃん?」
セルヴァ「おや、可愛い所もあるんだネ。じゃあこれはカイネ君にプレゼントしようかナ」
カイネ「…………不要だ」
セルヴァ「全く、素直じゃないネ」
フランシス「それじゃあ私が貰っちゃお~(ごくごく)。あれ? なんか頭がムズムズする……」(ボンッ!)
カイネ「おい! フランシスの頭が爆発したけど大丈夫なのかこれ!?」
セルヴァ「ああ、言い忘れていたけど――」
フランシス「あれ? なんか頭の上に何かついてるニャン……?」(猫耳が生え語尾ににゃんが付くフランシス)
セルヴァ「――副作用で猫耳が生えてしまうんだ」
カイネ「きゃ、きゃわ……………………」
フランシス「あれ? カイネ君どうしたのかニャン?」
カイネ「立ったまま気を失ってる……ネ」




