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パインとアベニュー

作者: 森川めだか

パインとアベニュー


僕らの名前はパインとアベニュー、兄の僕がパインで弟がアベニュー。ママが通りの名を気に入ってパインアベニューを半分こにしたってわけさ。あ、言い忘れたけど僕らは双子、だからパインとアベニュー。

近未来戦争っていうのがあって、自分らで近未来なんて言うのはおかしいけどさ、まあ、それでも戦争があったわけさ。

僕と弟ももうママやパパや知ってる人たちが生き残ってるなんて信じちゃいなかったけど、まあ、義理? で、探すことにしたわけ。

どうせ、僕らの民族も駆逐されちゃったしさ、僕と弟で新しいユートピアを探す旅に出たわけ。

これで自己紹介は終わりかな・・。アベニューからも言いたいことがあるみたいだけど、奴は無口だからさ。

そういうわけで僕らはパインアベニューを後にしたわけ・・。


荒廃しつくした未来都市。

周りの建物は半円形で全てガラスでできている。どこも熱で溶けている。

ボールを蹴っている少年たちの姿。

羨ましそうに見ているアベニュー。

パインはアベニューの肩に手をやって、前を向かせた。「仕方ない、これも神様が決めた事なんだ」

パインとアベニューも持っているのはバターコーン一袋だけ。それも焼け跡からやっと見つけた食べ物だ。

「どこも焼け野原だ・・」

「ガラスの都市は劣化しないって評判だったのにね」

アベニューの奴はほとんど一緒に産まれたくせにもうすっかり弟づらだ。

どこかにあるはずなのだ。蝉のオアシスのような、約束された場所が。

「見ろよ、あそこにうずくまってるの」パインが指差した所には傷病兵が誰にも手当てされずに放ってある。

「行ってみようよ、お兄ちゃん」

傷病兵はもう息も絶え絶えになっているのに髭だけが伸びて、見ていられなかった。

「・・人間、死んだ者を食う。生きたもんは食わねえ。そういうもんだ」傷病兵は言った。

「かわいそうだけど僕らはあなたにあげられるものはありません、水もないし、バターコーンも一つしか持ってないし・・」

「いいんだ・・、あそこに井戸水が湧いていたぜ、ゴホッ、まあいよいよか・・」傷病兵はそう言って息を引き取った。

「お兄ちゃん、いいことしたね」

「どうしてだ?」

「だって、僕ら看取ったんだよ!」

パインはアベニューの目を見た。まるでそれは人間じゃないみたいだった。

「お腹空いたね・・」

「なら、しょうがない・・」とパインが言おうとしたところ、アベニューのバターコーンの袋が空いているのに気付いた。

「もう、お前、食べちまったのか!?」

呆れた奴だ。バカだ。

ロビン・フッドに出てきそうな森にやってきた。これはあの傷病兵にだまされたのかも知れない。こんな所に井戸水は・・。

見てよ、とアベニューが大声で言った。そこには映画館の跡があった。建物は被害を免れている。

「行ってみようよ、お兄ちゃん」

「食べ物があるかも知れないな」

そこではきらめく銀幕、ジェームス・ディーンが赤いドリズラーを着て「理由なき反抗」を演じている。きっと映写機が爆撃で壊れて回りっ放しなんだろう。

「かっこいいなあ、あのジーンズ」

「そう? あのバイクがかっこいいだけさ・・」

「どうして、そう君は狷介なんだ。お兄ちゃん」

「兄のことを君って言うのはやめろ! 馴れ馴れしい」

森にはまた傷病兵がいた。ポップコーン一かけもなかった。

「・・私は未だに自分のことを知らない」この男は傷病兵ではない。どこにも傷がない。ただ死にそうな男だ。

「人生の真意を知らないんだよ、君は」男はなぜかパインのことだけを指差した。

「おじさんってもしかしてカインじゃ・・」パインの言葉にパインにだけ見えるように男は軽く肯いた。

「私の原罪で人はみんな一人ぼっちなんだ。よく言うだろう? ALL ALONE、ALL ALONE、とね・・」

とはいっても、アベニューは男の話も聞かず、そこら辺をうろついていたが。まだこの男のことを役に立たぬ傷病兵だと思っているようだ。

「よく分かったよ、おじさん」パインはちょっと大人になって立ち上がった。

見てよ、とまたアベニューが大声を出して指差した。

焼けて倒れた木の端にカエルがいる。生きたカエルだ。

「あれ、取って食ってもいいよね、お兄ちゃん?」

「無理だ、やめとけ」

「何が無理なの? じゃあお兄ちゃんには分けてやらない」

「じゃあ、俺のバターコーンも俺だけが食べていいんだな?」

アベニューはそれを無視して、カエルを捕まえに行った。

「仕方ないよね、これも神様が決めた事だ」アベニューは手の平の中のカエルを見せた。その手はただれていた。


 井戸水をペットボトルに移し替え、といってもアベニューはすぐに飲み干してしまったが。パインとアベニューは歩き続けた。

飲みさしを分けてくれとアベニューがうるさいので、分けてやると全部飲んだ。

「だからもっと汲んでくればよかったんだ、言っただろ?」二人っきりになるとアベニューのうるささが際立ってくる。

いたぞ! 泥棒だ! 遠くで大きな声がして、どやどやと人がパインとアベニューを取り巻いた。

「誰が泥棒だ!」パインの剣幕にも押されず、一人の男がアベニューの腕を引っ張った。

「こいつが小豆を食ってたところを見たんだ! この泥棒クソガキ!」アベニューはひっぱたかれ、パインに助けを求めていた。

二人は押し合いへし合い今は老夫婦の家に連れてかれた。

「こいつらが小豆を盗ったんですよ」

「俺らは何も盗っちゃいない! 見ろ!」パインはテーブルにあったナイフを手に取り、勢い良くアベニューの腹を割いた。

「こいつが食ったのは小豆じゃなくて赤いカエルだ!」パインは腹を割いたアベニューの両腕を取って宙吊りにした。その腸からはカエルが出ている。

ぞっとして、皆は何も言えずにいた。

「伝道者・・カインが僕に乗り移ったんだ」

静寂を打ち砕く風の音が。


「これも、神様がくれたプレゼントだ」

解放されたパインはアベニューの亡き骸を埋めようとしていた、が、その肉はあまりに美味しそうだ。

「俺たちは超兄弟だからな」

もう光のないアベニューの目が空を見ていた。

有明の月が出たよ。

サビシゲな冬が来る。


オーバーのポケットに手を突っ込んでパインは一人だけで歩いていた。

大切に食べずにいたバターコーンはアベニューの上に置いてきた。

これも神様が決めた事なんだ。

今日吹かぬも明日のうち。

カインの言葉が次々、浮かんでくる。

ママと会った。パパは死んだらしい。

「アベニューはどこへ行ったの?」ママはパインの口元の血を拭った。

「戦争で死んじまったんだ」

更にその上にパインは嘘を並べていった。

「ママはアベニューをそこに探しに行くわ。せめて一目だけでも・・」そうしてママはパイン一人だけを残して行ってしまった。

「僕は弟の監視者ですか?」

夕暮れに沈まぬ都市を背にしてパインは空を見ていた。

そうして僕は一人ぼっちになったってわけさ、そう、カインが言っていたようにね・・。


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