愛は咲き誇る
いきなり浮かんだ。
………あれは夢だったのか実際あったのか分からない。
でも、きっとずっと自分の中に残っていくものだろうなと感じる。
はぁはぁはぁ
高熱で苦しくて、真っ暗な中に連れて行かれそうになる自分を繋ぎ止めるように触れてくれたぬくもり。
苦しくて、苦しくて、光を求めるように藻掻くと見慣れた私室のベットで泣きそうな顔で両手を掴んでいる婚約者の姿。
その姿だけを頼りに耐えていたら、突然熱が下がり、苦しみが終わった。
――婚約者と中庭でお茶会をしていたら刺客に襲われて、毒の塗られた剣で刺されたと後日教えられた。生きているのが不思議なほどの状況で無事回復した。
『よかったです』
その回復した様子を見に来た婚約者のフローラの首には見た事のないチョーカーがあり、
『フローラ?』
不気味なほど表情が消えていた。
「フローラ」
学園の中庭に向かうとベンチに座っているフローラを見付ける。
日向の中一心不乱に本を読んでいるその横顔がまだこちらに気付いていないのだなと思ってそっと近づく。
「フローラ」
そっと耳元で囁くとフローラがこちらに気付いて視線を向ける。
「殿下」
フローラは呼んでいた本にしおりを挟むと。
「耳元で囁かないでください」
「ごめん。でも、相変わらず表情一つも変えないね」
驚かそうと思ったのだが、うまくいかなかったなと残念がる。
「殿下の子供だましに引っ掛かりはしませんから」
淡々と言われて、残念だと肩をすくめる。
フローラはいつもと変わらず物静かで感情が見えない。
(………今日もチョーカーをつけている)
「ねえ、フローラ」
そっと、フローラのチョーカーに触れる。
「今度君の首を飾るものをプレゼントしたいけど、何がいい?」
いつからか分からないけど、一度も外したところを見た事ない皮で作られてありプラチナの台に真珠の嵌められたチョーカー。
それをどこで誰がくれたのか分からないけど、フローラは常につけているのだからすごく気に入っているのだろうと思う。
正直、それを誰からもらったのかと問い詰めたくなるほど嫉妬している。
「いえ、いりません」
チョーカーに触れていた手をそっと外させて、フローラが告げる。
「そっか」
断られて、内心傷付くが、それを押し隠して、
「じゃあ、首飾りではなく、腕輪ならいいかな」
と妥協案を告げると。
「そうですね。それなら」
と言われたので内心ほっとした。
「何で、ルーファス様を蔑ろにするんでしょうね!! 私だったらそんな風に言われたら喜ぶのに!!」
ぷんぷんと頬を膨らませてなぜか先ほどの事を知っているかのように話し掛けてくるのは同じ生徒会のメンバーであるメイベルだ。
「メイベル。殿下の事をそんな軽々しく呼ぶんじゃない」
同じくメンバーであるアルフォンス・グリーグの言葉に。
「あっ、ごめんなさい!! でも、殿下よりもルーファス様の方がしたしい感じでしょう」
同じような会話を何度したのか思い出せないが、彼女はそうやっていつも声かけてくる。
「それにしても、ほんとフローラさんって、ビスクドールみたいですよね~」
「ビスクドール?」
なんだそれは。
「えっ? 有名ですよ~。人形みたいに顔の変わらない。ぬいぐるみとかならまだ温かみがあるのに全くないって」
あんな人が婚約者なんて可哀そ過ぎますと変な言葉を告げる彼女に。
「…君は、フローラと仲いいのかな?」
「えっ? 全然。話しかけても無視されますし」
何を言っているんですかと首を傾げてくるので、呆れてしまうのを顔に出さないようにしつつ。
「……なら、フローラをきちんと家名であるアインベル公爵令嬢と言わないと駄目だろう」
「え~!!」
「あと、アルフォンスも言っていたけど、僕の事は殿下と呼ぶように」
そこまで親しくない相手にその呼び方は相手の気分を損ねるよと忠告するが。
「分かりました!! ルーファス様!!」
…………うん。分かっていない。
これで本当に主席合格した庶民の子なんだろうか。主席合格をすれば学費がタダになるからと庶民と生活が苦しい下級貴族が必死に勉強して目指しているのだが、それにしては、なんというか……。
(常識を知らなすぎる)
と思える。
「ホント。ルーファス様が可愛そうですよ。そんなフローラ様に愛もないのに結婚しないといけないなんて」
こちらが訂正するのが面倒になっていたらまたその話に戻る。
「結婚するのであれば愛がある者同士の方がいいですよ!!」
となぜかピタッとくっついてくるメイベルから距離を置き、愛と言われてふと思い出す。
「いや、――愛はあるよ」
フローラが読んでいた本。そして、その本に挟んだしおり。
あの本もしおりも昔僕が彼女にあげた物だ。しかもしおりは王宮の庭で見つけた花を侍女に押し花の作り方を教えてもらって一生懸命作ったしおりだ。
もうどちらもボロボロになっていると言う事はそれだけしっかり読んでくれて、何度も使用してくれていると言う事だろう。
顔を緩ませて告げると。
「そんなわけありません。ルーファス様は騙されています!!」
とこちらの話を否定してメイベルは出ていく。
「なんだったんだ?」
まあ、居なくなったのならいなくていい。仕事は溜まっているのにメイベルが話続けているので進まなかったから。
そんな事を思いながら書類仕事に集中していたら。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
という女性の悲鳴が聞こえてきた。
「アルフォンス」
「了解しました」
すぐに立ち上がり、悲鳴の元に向かう。
ざわざわざわ
悲鳴を聞きつけて大勢の生徒が集まっていた。
「――何があった?」
生徒を搔き分けて問い掛けると。
「そ、それが……」
一番前に辿り着くと、そこには階段の踊り場で突っ立っているフローラと階段の一番下で何人かの生徒に支えられて立ち上がろうとしているメイベル。
「フローラ嬢がメイベル嬢を突き落としたと……」
こそっと耳元で囁かれる声。
「――実際には」
フローラには気づかれないように護衛が控えている。王子の婚約者である故常に護衛………監視が付いているのだ。
護衛がすぐに答える。
「分かった」
それを聞いて、王子として、生徒会のメンバーとしてひとまずこの場を解散させて、当事者であるフローラと個室に行くように指示して、メイベルのけがを確認するために保健室に連れて行くように命じた。
「フローラ」
個室でじっと待機していたフローラの元を尋ねる。
「ルーファス様」
怯える事も緊張する事もなく静かにこちらを見つめる視線に。
「影たちの報告を聞いたよ。君に突き飛ばされたと言っていたけど、僕に近付きすぎると窘めた矢先にわざと階段から落ちたと」
階段近くで話をしたのは間違いだったねと告げるとフローラはじっと黙ってこちらを窺っている。
少し前保健室でメイベルの様子を見に行った。
最初は自分がフローラに虐められていたと涙ながらに話をしていたが、影からの報告を告げると開き直ったように、
『あんなビスクドールのような人よりも私の方がルーファス様に相応しい!!』
というようなものであった。
その後もいろいろ喚いていたが、大半意味が分からないものであったので、そのまま教師に任せてきた。
「……ねえ、フローラ」
メイベルは何度もフローラに窘められていたのを虐められたと喚いていたそうだ。
「君が笑わなくなったのは王子妃教育が嫌になったから?」
「えっ?」
珍しく目を開いて反応する。
「思い出してみたらフローラが笑わなくなったのは僕が毒で死にかけてからだったよね」
そうだ。それより前はよく笑う子だった。
「毒殺される可能性もある事が怖くなったんじゃないの?」
王子妃教育は厳しいものであるし、いつ殺されるか分からない危険なものだ。常に護衛が傍に控えているのもストレスだろう。
「勘違いしないで、僕は君が好きだよ。でも、僕が君を苦しめているのなら……」
婚約を解消してもと言いかけると。
「嫌です」
静かな、淡々とした声だったが、はっきりとした拒絶。
「嫌です。わたくしは………」
そこまで告げても表情は変わらない。だが、つぅぅぅと涙を流す。
「フロ……」
呼びかけようとして、途中で途切れた。
フローラの常につけていたチョーカーに涙が落ち、それに反応するかのようにチョーカーの真珠が光りだしたのだ。
「嫌っ、です!! わたくしは……」
今までの無表情が嘘みたいに泣き崩れるフローラ。
そんなフローラの声に応えるように、真珠が光り、真珠に花が咲いたような絵が浮かび上がる。と、同時に、不思議な光景が浮かんできた。
――彼を助けたい?
ずっと僕の手を掴んでいたフローラ。その傍には何度も時間を作っては様子を見に来た父上達もいる。
そんな人たちの目の前に不思議な光が降りてきたのだ。
『はいっ!! わたくしにできる事があるのなら何をしても助けたいですっ!!』
泣きながら叫ぶように告げるフローラに光が告げる。
――なら、君の感情と引き換えに彼の怪我と毒を消し去るよ。ただし、彼にはそれを言っちゃ駄目だ
それを約束できるなら助けてもいい。そう言われて迷うことなくフローラは頷いた。
その時から彼女の感情はチョーカーの中に吸収されていたと。
「じゃあ、なんで……」
「分かりません。ですが、どうしたら………」
感情を吐き出してしまった。これではルーファス様の身体に影響が……。
震えて怯えるフローラをそっと抱きしめる。自分がどうなるかと案じてくれるフローラの気持ちが嬉しい。
表情に出なくてもフローラの愛がきちんとあった。
フローラのよく読んでいた本。
ぼろぼろになっていても使っているしおり。
「大丈夫だよ」
そこまで愛されているのならたとえ何が起きても幸せだと言えるだろう。
――試練は終わった
ふと、そんな声が届いた。
――何を犠牲にしても愛を捧げる献身。分かりづらい愛に気付ける観察力。そなたたちの愛を確かに見させてもらった
まるで祝福するかのように光の花が空から降ってきた。
後日。
フローラのチョーカーは神の加護ありという神具だと判明した。
そして、神のお告げという形で僕たちの愛は祝福されたのだった。
「フローラ」
そんな事をどうでもいいとばかりに僕はフローラに贈り物をする。
「ルーファス様?」
どうかしましたか。
尋ねるフローラに応えずにそっとフローラの首に飾りをつける。
チョーカーの真珠を引き立てるような模様の飾り。
「ずっと、そのチョーカーをつけていたのに嫉妬していたんだ。馬鹿みたいだよね」
それこそ君の愛のカタチなのにねと微笑みながら告げると。
「いえ、……感情を奪われ続けていたから何とも思えませんでしたが、ずっと申し訳なく思っていました」
頭を下げるフローラに。
「気にしないでいいよ。今後も外さないだろうから。せめてこれだけでも」
チョーカーと一緒に着けても違和感のないような模様で重さもあまりない良いような代物を頑張って探した。
「これが僕からの愛だよ」
君の愛にはかなわないだろうけどと告げると。
「ありがとうございます」
と咲き誇る花にも負けないほど愛が感じられる微笑みを浮かべてお礼を告げたのだった。
後日。枯れ果てた女性がこの話を聞いて自分たちのような事にならなくてよかったと悲しげに微笑んだとか。