ナヅキとシスターさん
「な、なんで?」
最強過ぎてドアが開けられないのだ。
仕方ないのでドアを叩くと粉々に砕ける。……いや、普通に空けたいんだけど。
「嘘だろ……」
そう呟き、私は外に出る。
私の目の前に広がる景色は、見たこともない場所だった。
あたり一面に草木が生い茂る、振り返り私が先ほどまで居た場所を確認する。
そこには、ただ岩肌が露出しているだけの洞窟に扉を取りつけたような祠だった。
ここは一体どこだろう? 私は混乱しながらも歩き始めた。
すると、少し歩くとすぐに水が流れる音が聞こえてきた。川があるようだ。
私は水の音に近づくと道のようなものが見えた。
「あ、橋だ」
それは頑丈な作りの石橋だった。ところどころ崩れてはいるが、石でできたアーチ状の橋はしっかりと残っている。
(もしかして……)
ふとある考えが頭の中を過った私は石橋に近づいて拳で叩いてみた。
すると予想通り、轟音を立て石橋は崩れ落ちた。
……やってしまった。
私は呆然としながら、足元を見る。
「……どうしよう」
私は途方に暮れた。
どうやら私はとんでもない力を手に入れてしまったらしい。
これからどうすればいいんだ。
私はこの時点で最強パワーとやらにうんざりしていた。
来た道を戻ろうと振り帰ると遠くの方に村のような物が見える。
(……人がいるかも?)
私は急いでその場を後にし、村の入口らしき場所にたどり着いた。
どうやらそこは交易所か何かのようで、多くの人が出入りをしている。
周囲には商人や旅人らしい人の姿が多く見られた。
これなら私がふらりと立ち寄っても不自然じゃないだろう。
そう思った私は村の中に入ってみた。
よかった、誰も私を気にも留めない。
私は堂々と歩き、村の中を見学していると手作り感のある宗教的な装飾が施された妙に汚らしい小屋を見つけた。
「あれは何だろう?」
私はその建物の前まで歩いていくと『神様の家』と雑な字で書かれた看板が立てかけられていた。
神様かぁ、最強パワーについて聞けばなにかわかるかな……。
私はなんとなく扉に近づく、でも困ったな。ヘタにドアを開けると壊れてしまうんだった。
「うーん……」
壊さずにどうやって開けようか悩んでいると、後ろから声をかけられた。
-:-:-:-:-:-
「ちょっとあんた、そんなところで何をしてんだ?もしかしてあんたも金貸しが雇ったごろつきか?」
振り向くとお婆さんがいた。
「え?ごろつき?あ、いえ……ちょっと、あの、ドアを壊したくなくて……」
「ドアを壊したくない?兄ちゃん、何言ってんだ?頭がおかしいのか?」
「いや、だってドアが壊れたら弁償しないといけないかなって……」
私の言葉にお婆さんは笑い出す。
「まったくわけのわからない人だねえ……」
そう言いながらお婆さんがドアを開けようとすると、建て付けが悪かったのかドアの扉がバタンと倒れた。
「……あらまあ」
「うわぁあ」
『神様の家』の中をのぞくとごろつきたちがたむろしている。
なんだかずいぶんとガラの悪い神様たちだなあと思った。
いや、違う。しゃがみ込んでお祈りをしているシスターらしき人をごろつきたちが取り囲み、お決まりのセリフを吐きながら脅しているのだ。
「おうおうおう!シスターさんよ!とっとと金を払うか出てけってんだよ!」
「うへへ……なんならいい働き口を紹介してやろうか姉ちゃん」
「シスターちゃんよ、俺たちを怒らせるなよ?ここのガキどもには人気かもしれねーが俺たちにはバックにやばい奴がついてるんだぜ?そらもう髪の毛一本残ってないやばすぎる連中だ!」
「まったく、あんたも金がないならお祈りじゃなくて汗水たらして稼いでみたらどうなんだ?」
「あんたたち、いい加減にしな!シスターをどうしようってんだい?」
お婆さんはそう言ってごろつきたちの方へ歩いていくと、いきなりごろつきの一人を殴り飛ばした。
「いてっ!」
「あっ!てめえ、このババア!弟の頭蓋骨が粉々になっちまったじゃねえか!」
「うるさいよクソガキども!粉々にってのはこうやるんだよ!」
お婆さんはそう言うと懐からハンマーを取り出す。このままだと『神様の家』は凄惨な事件現場になってしまうだろう。
……どうしよう?止めたほうがいいのかな?
何が何だか分からないままぼけーっと見ていると、しゃがみ込んでお祈りしていたシスターさんが泣きながら何か言っているのが聞こえた。
いや、違う。
よく見るとこのシスター、泣いているのかと思ったらずっと鼻水をかんでいるだけだ。
「うっく、うえっ…はぁ、ごめんなさい。おばあさま、ごきげんよう」
シスターが鼻をずるずるとすすりながらおばあさんに挨拶すると、ごろつきが怒り出した。
「ごきげんよくねえよ!お前な、さっさと金を出すかここを立ち退くかどっちかしろつってんだよ!」
「こいつら俺たちに喧嘩売るとはいい度胸じゃねえか。おいお前らやっちま……」
ごろつきの背後でお婆さんがハンマーを振りかぶるのが見えた。事情がさっぱり分からないものの流石にこれはまずいと思った私は二人を助けることにした。
「あのーそのへんで……」
私はごろつきの頭をそっと撫でるように叩いてやる。
ごろつきを、ぽんと叩けば、ぎゃあと鳴る。
最強パワーの前にごろつきたちはなすも術なく全身から粘液をまき散らしながら吹き飛んでしまった。
……どうしよう。最強すぎじゃないかこれ?
「あっ、あんた……?!」
お婆さんは目を丸くしながら呆然としている。
「いや、その……これは……まあ、気にしないで下さい」
私はそう言って、シスターさんの方を見た。だがシスターは鼻をかむのに忙しく、ろくに私の活躍を見ていないようだった。
「んあ……え、なんですか?」
「あのー……シスターさん、大丈夫ですか?」
「え?あ、はい?ありがとうございます?」
シスターは何も言ってないのに鼻水まみれの手で私の手を取ると、よいしょと立ち上がる。ぬちゃりとした感触に鳥肌が立ったものの振りほどくわけにもいかないので我慢するしかなかった。
「ちょっとシスター、あんた大丈夫かい?」
「えぇ?あ……はい、ご心配おかけして申し訳ありません」
お婆さんが手ぬぐいを渡すとシスターは手をぬぐう。
「あのーところであなたは一体……それにこの人たちはどうして倒れてるのですか……?」
シスターさんは不思議そうな表情を浮かべ、倒れているごろつきたちを見まわしている。
「いやーきっと拾い食いでもしたんでしょう。ところで神様について聞きたいんですが、最強のパワーを授けてくれるような神様はいますか?」
すると彼女の顔がぱあっと明るくなる。
「最強!!最強とおっしゃいましたか!!?」
「え、あっ、はい……えっと、一応は」
「最強ですね!!最強の神様について知りたいとおっしゃるんですね?!!」
「は、はい……知りたいです……」
シスターさんの鼻息がいきなり荒くなる。さっきまではちょっと変なところはあるものの愁いのあるシスターさんという印象だったが、今はなんだかちょっと怖い。
「最強!最強の神様についてお知りになりたいと!!そうおっしゃるんですね!!」
「は……はい」
私はたじろぐ。するとシスターさんは突然私の両手をがしりとつかむと顔を近づけてきた。
「それはきっとムオン様のことですね!」
「……む、ムオン様ですか?」
するとお婆さんが横から口を出してくる。
「ちょっとシスター。顔が近いよ、兄ちゃんが照れちゃってんじゃないか」
シスターさんはお婆さんに言われて初めて自分の行動に気づいたのか、慌てて手を離してくれた。
「す、すいません!私ったらつい興奮してしまって!」
「い……いえ別に大丈夫ですけど……」
私はたじろぎながら言う。するとシスターさんの顔がまたぱっと明るくなった。
「えーとですねえ!うふふ!ムオン様はとても優しくて強いお方なんですよ!」
シスターはとてつもなく嬉しそうに語る。
えー?優しいだって?……あれが、まさか。私は薄暗い部屋での出来事を思い出す。
まあいいか、神様にもいろいろあるのかもしれない。
「その神様ってどこに住んでるんですか?できれば会ってみたいのですが」
私はもう最強パワーとやらに飽きてしまっていたので、ムオンでもなんでもいいから神様的な存在にこの力を返して一刻も早くあの部屋に帰りたかった。
するとシスターさんの顔に陰りがさす。
「え、えっとお~、それは、ムオン様は遠い遠い、か、神様の世界にお住まいなのですよ」
そう言うと残念そうにシスターさんは首を振る。
「でも安心してくださいね。いつだってムオン様は私たちを見てくださっておりますから!」
「えっ、こいつらごろつきに襲われてませんでしたか?」
私は床に転がっているごろつきを見る。
「ベっ、べべ、別に襲われてません!だって!私はムオン様のご加護を受けてるんだから!そ、そうです!きっとあなたこそがムオン様のご加護なんです!だからムオン様は私たちを守ってくれたのです!」
シスターさんはまたも鼻息が荒くなり、早口になりながら私に詰め寄ってきた。
なんなんだこの人、よっぽどムオン様とやらに心酔しているんだなあ。
でもまあここにいても特に情報も無さそうなので他の場所に行ってみるか。
「そうですか……では、そろそろ失礼しますね。シスターさん、いろいろ教えていただいてありがとうございました」
そう言って立ち去ろうとしたものの実際には「そ」を発音しようとした段階でシスターさんにがっちり腕を掴まれる。
「あ、ちょっとちょっと待って下さい!」
「な、なんですか?」
私が困惑しているとシスターさんは私に向かって叫んだ。
「せめてお名前を、お名前を!ムオン様のご加護!ムオン様のご加護!」
「シ、シスター、落ち着きなさいってば……」
おばあさんがなんとかなだめようとするもののシスターさんはもう止まらない。
「この方こそ私たちの敬いの気持ちに応え、ムオン様より遣わされた御方に違いありません!」
「そ、そうなのかい?」
まずいな、なんか変なスイッチを押してしまったらしい。期待に満ちたシスターさんの目がとても痛かった。
「わ、わかりましたよ……私の名前はナヅキです。ムオン様のことはよくわからないですが……何というか、ただの旅人ですよ」
「ナヅキさん、お願いします!この村に泊まっていってください!そうですよ、おばあさま!この人を泊めたげてください!」
シスターは鼻水を吹き出しながらお婆さんに懇願する。
「な、何を言ってんだい?!ダメだよ、この兄ちゃんはいい人かもしれないけどいきなり家に入れるなんて!」
「シスターさん、その方の言う通りですよ。私みたいな怪しい人間を家に上げるのは……」
「怪しくないです!ナヅキさんは怪しくないです!」
シスターさんは私の腕をつかむと拳を振り上げておばあさんに抗議する。
「そ、それともなんですか!?おばあさまは私が男の人と二人きりで寝泊まりしてもいいって言うんですか!?」
……うわぁ、言っていることが無茶苦茶だぞ、一体何なんだこの人。
「……はぁ~わかったよ。ただし、ナヅキさんとやらも何か気に入らないことがあればすぐに出ていくんだよ」
お婆さんはため息をつきながらそう言った。
「わ、わかりました。あの、それではよろしくお願いします……」
私はお礼を言うとおばあさんの家まで案内してもらうことになった。
それは今は使ってないという部屋だった。……なんだか所々崩れているしどう見ても住めるような環境ではないように思える。
というかこれは、物置小屋なんじゃないだろうか?
それでも野宿よりは全然マシなので、ありがたく使わせてもらうしかないのだけれど。
(はやく帰りたい……)
そんなことを思いながら私は眠りにつくのだった。