ウィンズレット公爵領 3
「俺が思うに──……」
ゼイン様の考えを聞いたところ、ハニワちゃんが発音できる「ぱぴぷぺぽ」は、私達が発する言葉の母音に沿って発声しているのではないか、ということだった。
たとえば先程の「ぺぴぽ、ぽぷぽ」は「ゼイン、どうぞ」と解釈しているらしい。
「そ、そうだったのね……」
言われてみると確かに、辻褄が合う気がする。私は英単語を組み合わせてできる英文のように、なんらかのルールのもとで組み合わせているのかと思っていた。
「では、よく言う『ぷぴ』はなんなんでしょう」
「発音が同じ言葉は多くあるが、一番多いのは『好き』だと思っている」
「そうなの? ハニワちゃん」
「ぴ!」
そう尋ねると、ハニワちゃんはこくこくと笑顔で頷く。どうやらこの見解は合っているらしく、感極まってしまう。
「ハ、ハニワちゃん……!」
つまり、普段よく言ってくれる「ぷぺぽ、ぷぴ!」は「グレース、すき!」という意味だと思うと、あまりにも愛おしすぎる。
おいでと両手を広げるとすぐに胸に飛び込んできてくれて、ぎゅっと抱きしめた。
「ハニワちゃん、大好きよ」
「ぴ! ぷぴ!」
元々ハニワちゃんのことはこれ以上ないくらいかわいくて大好きだったけれど、意思の疎通ができたことで、より愛おしく感じる。
「ハニワちゃん、私のことも分かりますか?」
「ぱぴぱ、ぺぷ!」
「それ、マリアベルって言ってくれていたんですね! 嬉しいです」
マリアベルは両手を組み、もっとお喋りしたいと感激した様子を見せている。
これからはよりハニワちゃんの気持ちが理解できるよう、ハニワちゃん語の勉強をしっかりしていこうと思ったのだった。
◇◇◇
二日目は、みんなで公爵領内の観光スポットを見て回った。公爵領は想像していたよりもずっと広くて、一週間あっても回りきれない気がする。
領地内では最も有名で、国内でも有数の人気の場所だという花畑は圧巻だった。
大きな風車のもと、数千万本もあるという鮮やかな花々が絨毯のように敷き詰められていた。
「……本当に、綺麗です」
あまりにも美しくて感動してしまい、ありふれた言葉しか出てこなかったくらいに。
みんなも感動している様子で、ハニワちゃんも嬉しそうに花々と共に揺れていた。
「季節が変わるとまた違って見えるんだ。その頃にまた一緒に見に来よう」
「はい、ぜひ!」
そしてゼイン様と何気なく未来の約束を交わせることにも、心からの幸せを感じた。
公爵邸に帰宅して夕食を終えた後、ゼイン様に公爵邸内の図書室を案内してもらった。
先代の聖女であり、前公爵夫人だったロザリー様について知るためだ。
ちなみに自ら調べるのと並行して、人を雇って聖女に関することや、戦争に向けた動きについても調査してもらっている。
「ここには母だけでなく、ウィンズレット公爵家の記録が揃っている。気になったものがあれば、全て気兼ねなく目を通してくれて構わない」
「ありがとうございます」
本来なら公爵家の人間以外が見ることなど到底許されない、貴重なものだろう。それでも私のことを信用し、こうして許可してくださったことが嬉しい。
けれど結局、聖女やその力の発現に関して、新たな情報を得ることはできなかった。
三日目の朝、出かけるための準備を終えた私は自室へと戻り、改めて身支度をする。
そして食堂へと向かうと、そこには既にゼイン様とマリアベルの姿があった。
「おはようございます、お姉様。そしてお誕生日おめでとうございます!」
「おめでとう、グレース」
「ありがとうございます! 嬉しいです」
顔を合わせてすぐ、二人はお祝いの言葉をかけてくれる。それからは三人で、前日よりもさらに豪華な朝食をいただいた。
初日からずっと思っていたことだけれど、公爵領での食事は驚くほど美味しい。それでいて珍しい公爵領ならではの料理も多く、帰るまでにレシピを聞いて、食堂のメニューに加えさせてもらおうと思う。
「今日はお兄様とぜひゆっくりデートをしてきてください。夜は皆さんでパーティーをする予定なので、私は屋敷でお待ちしていますから」
「本当に? ありがとう、とても楽しみだわ」
誕生日パーティーを開いてもらうなんて子どもの頃以来で、くすぐったくて嬉しい気持ちでいっぱいになる。
ちなみに本来、上位貴族は自身の誕生日にパーティーを開くんだとか。
「お嬢様は社交の場を荒ら──参加するのはお好きでしたが、ご自身の誕生日パーティーだけは絶対に開かなかったんですよ」
だからこそエヴァンにそう尋ねてみたところ、そんな答えが返ってきた。
「どうして?」
「自分の誕生日を心から祝う人なんていないから無意味、と仰っていました」
「……そう、なのね」
元のグレースにそんな一面があったと知り、不思議な気持ちになった記憶がある。
楽しく朝食をいただいた後はゼイン様と二人で、遠乗りに出かけた。
ゼイン様の前に座って二人で馬に乗り、透き通るような青空の下、新緑の葉が波打つ爽やかな草原をのんびりと歩いていく。
青っぽい草の香りが鼻をくすぐり、優しい風が頬を撫でる。どこまでも静かで、聞こえてくるのは鳥の鳴き声と、草木が揺れる音だけ。
「とても心地良いですね」
「今日は見晴らしも良いから、景色もよく見える」
雲ひとつないお蔭で遠くの山々まで見えて、写真に残しておきたいくらい、辺り一体の全てが綺麗だった。
けれど心から満喫する私とは裏腹に、ゼイン様は気遣うような表情を浮かべている。
「せっかくの誕生日なのに、本当にこんな過ごし方でいいのか?」
「はい。ゼイン様とこうしてみたいと思っていたので、嬉しいです」
実は全て私のリクエストで、天気の良い日に恋人とのんびりピクニックに行くことに、前世から憧れを抱いていたのだ。
お金もかからないし、最高のデートだと今も昔も思っている。
そして実際にのどかな風景を楽しみながら、ゼイン様と時間を気にせず他愛ない話をして過ごすのは、想像していたよりもずっと楽しくて、幸せだった。