ウィンズレット公爵領 2
それぞれ馬車から降りた後は、五人でお祭りを見て回った。ハニワちゃんもエヴァンの胸ポケットの中で、きょろきょろしている。
貴族らしき人々は多少いるものの、大半は平民のようだった。
「あの食べ物はなんですか?」
マリアベルが指差した先には、小さな屋台がある。
「リルクルと言って、甘いパンを棒に巻いて焼いたものです。とても美味しいですよ」
深く帽子を被っているものの、高貴なオーラを全く隠せていないマリアベルに、ヤナが説明する。弟や妹とこういったお祭りは何度も行ったことがあるそうだ。
入れ替わり立ち替わりお客さんが訪れていて、かなり人気なのが窺える。何気なく食べてみようかと尋ねそうになり、口を噤んだ。
けれどマリアベルはじっと屋台を見つめた後、ゼイン様の服の袖をきゅっと掴む。
「私、食べてみたいです」
「……大丈夫なのか?」
「はい。外出先で何も食べられないせいで、周りの方々にも気を遣わせてしまっているのがすごく嫌で……いつまでもこのままじゃいけないと分かっているんです」
心配げなゼイン様にそう言ったマリアベルは、顔を上げ「それに」と続ける。
「後は本当に、勇気の問題なのでみなさんと一緒なら、大丈夫な気がします。もう頭では大丈夫だと十分理解していて、あとは勇気を出すだけですから」
にこっと微笑んでいるけれど身体は強張っていて、不安でいっぱいなのが窺える。
それでもマリアベルがこうして勇気を出してくれている以上、応援したい。
「私もちょうど食べてみたいと思っていたの。一緒に食べましょうか」
笑顔を向けて明るく声をかけると、マリアベルは安堵の表情を浮かべた。
「はい、ぜひ」
「では買ってきますね」
エヴァンがすぐに屋台へ行って、全員の分を買ってきてくれた。表面には砂糖がかかっていて、揚げパンに近い感じがする。
まずは食べても問題ないというのを伝えようと、早速一口食べてみる。程よい甘さが口内に広がり、もちもちしていてとても美味しい。
「うん、美味しい! お菓子みたいだわ」
「本当だ、屋台もなかなかやりますね」
「はい。とても」
ヤナやエヴァンも頷きながら、食べている。
エヴァンはリルクルが気になっているらしいハニワちゃんに近づけては食べさせるふりをしては、ぱっと離す子どもみたいな悪戯をしているから頭を叩いておいた。
「…………」
ゼイン様に見守られながら、マリアベルは少しの間じっと手に持った串を見つめていたけれど、やがて勢いよくぱくりと口に入れた。
「どうだ?」
「……おいしいです」
「そうか、良かった。頑張ったな」
マリアベルの頭を撫でながら、ゼイン様も安心した様子で微笑んでいて、つられて笑みがこぼれる。
思わず駆け寄って「えらいわ」と抱き締めると、マリアベルも笑ってくれる。
それからは続けて数口食べていたものの、やがてむっと眉を寄せた。串の部分がかなり出てきたことで、困惑しているらしい。
「む、難しいです……」
「ふふ、そうよね。斜めの部分を食べるといいわ」
そもそも、何かにかじりついて食べるというのも初めてのようだった。小さな口で一生懸命に食べる姿は小動物みたいで愛らしくて、またきゅんとしてしまう。
きっとこれから先はどこでも大丈夫だろうという、安心もしていた。
「ゼイン様はお祭り、来たことがあるんですか?」
「幼い頃に何度か。大人になってからは初めてだが、見え方も感じ方も違って面白いよ」
その後も色々な食べ物を買って食べているうちに、お腹が苦しくなってきたところで、賑わっている一角を見つけた。子どもから大人まで、銃を的に向けている。
「あれって、射的?」
「シャテキという名前かは分かりませんが、コルク銃で的を狙って遊ぶんです」
ヤナの解説に頷きながら、ほぼ射的に近い遊びだと察する。マリアベルも初めて見る銃に興味があるようで、やってみることにした。
「銃って、一般的な武器なんですか?」
「ああ。だが攻撃における威力は魔法の方が優れているから、魔法使いは使わないな。防ぐのも容易いんだ」
そのため、銃が主立って使われるのは狩猟の際なんだとか。ゼイン様の説明になるほど、と納得しながら屋台のお兄さんに渡された銃を受け取る。
そうして大きいものから小さいものまである複数の的を、ひとつずつ狙っていく。
「……あら?」
「すごいです! 私、ひとつも当たりませんでした」
驚くことに私は全発命中していて、一番小さな的もど真ん中を撃ち抜いていた。
貴族令嬢らしい所作やマナーを身体が覚えていたのと同じ感覚で、自然とあっさりできてしまった。
私と同じく驚いていた屋台のお兄さんから、戸惑いつつ景品のぬいぐるみを受け取る。
「お嬢様、とてもお好きだったんですよ。狩りが」
「そ、そう……」
エヴァンによると、狩猟大会などにも参加するほどの腕だったんだとか。元のグレースは動物を殺すことに躊躇いがなさそうで、嫌な解釈一致をしてしまった。
とはいえ、思わぬ特技をいつかどこかで生かせたらいいなと思う。
それからもみんなでたくさん遊んで食べて回り、目一杯お祭りを満喫した。
◇◇◇
街から帰宅した後は、夕食まで広間でゆっくり過ごすことになった。
ゼイン様とマリアベルとテーブルを囲み、公爵領で作られているという茶葉のお茶や、特産品だというお菓子をいただく。
お祭りではしゃいで少し疲れていたため、温かいお茶を飲みながらほっと一息つく。
「ぺぴぽ、ぽぷぽ!」
「ありがとう。いただくよ」
ハニワちゃんは相変わらずゼイン様にべったりで、テーブルの上にあったクッキーをぴょこぴょこと運び、差し出している。
ゼイン様はハニワちゃんからクッキーを受け取り、優しく微笑んだ。間違いなく自分で手に取った方が早いのに「助かる」とお礼を言っていて、笑みがこぼれる。
「ぷぴ、ぷぴ?」
「ああ。好きだよ」
「ぴ!」
二人は仲良く言葉を交わしていて、向かいに座るマリアベルは「お兄様ばかりずるい」とやきもちを妬いている。どこを見てもかわいい空間に、口角は緩みっぱなしだった。
「なんだかゼイン様って、ハニワちゃんとお話しているみたいですよね」
「ああ、最近は何を言っているのかなんとなく分かるようになった」
「えっ? ほ、本当ですか……?」
毎日一緒にいる私ですら、まだハニワちゃん語について解き明かせていない。
行動と照らし合わせて「ぷぺぷ」は「グレース」「ぺぱぽ」は「エヴァン」など、いくつかの単語は理解しているつもりだけれど、まだまだ謎は多いまま。