波乱だらけのお茶会 8
書籍3巻が3/15に発売です!
あとがきに超絶HAPPYな神カバーイラストがあるのでそちらを先に見ていただくと解像度が上がって楽しく読める気がします(多分)
「君とは一度、ゆっくり話をした方が良さそうだ」
「…………」
「返事は?」
「ハイ」
冷や汗が止まらない一方で、こんな些細なやりとりからも愛情を感じてしまう。
「頼むからもう、そんなことはしないでくれ。君はもっと周りを頼った方がいい」
ゼイン様はいつだってそう言ってくれて、どれほど救われているか分からない。
──シャーロットと話をした後、不安になったのは事実だった。ここで心のうちを彼に吐露すれば、気持ちは少し軽くなるだろう。
けれど、ゼイン様にだってどうにもできないような不確定な話をしたところで、多忙な彼に負担を強いるだけになる。ゼイン様を頼らせてもらうのは、本当に困った時にするつもりだ。
何より私を大切に想ってくれているゼイン様の側で、弱気になんてなっていられない。
「ありがとうございます。そうします」
「ああ」
マリアベルも「私もお力になりますから!」と言ってくれて、幸せな笑みが溢れた。
私も大好きな人達のために、精一杯できる限りのことをしていきたい。
「君はこの後、まだ時間はあるか? 良ければ公爵邸で少し話をしたい」
「……もしかして、お説教ですか?」
「どうだろうな」
こそっと尋ねたところ、ふっと笑ったゼイン様に曖昧な返事をされる。
とはいえ、ここ最近はゆっくり一緒に過ごす時間もなかったため、私はすぐに頷いた。
◇◇◇
「お姉様、今日はありがとうございました! 私はここで失礼しますね」
公爵邸に着いてすぐ、マリアベルは猛スピードで自室へ消えていく。間違いなく気を遣ってくれていて、申し訳なくなる。
ゼイン様に手を引かれて廊下を歩いていき、着いたのは彼の部屋だった。促されて中へ入ると、ゼイン様の良い香りが鼻をくすぐる。
「あの、ゼイン様。ごめんなさ──っ」
まずはお説教をされる前に謝ろうと見上げた途端、唇を塞がれていた。
突然のことに驚く私を見て、唇を離したゼイン様はくすりと笑う。
「怯える君がかわいくて、つい」
その様子からさほど怒っていないのだと察して、ほっと胸を撫で下ろした。
ゼイン様に手を引かれ、ソファに並んで腰かける。
「ただ、頼むから危険なことはしないでくれ。君を閉じ込めておかないといけなくなる」
「……冗談ですよね?」
「さあ?」
頬杖をついて余裕たっぷりの笑顔でそう言ってのけるゼイン様を前に、ひとまず彼の言う通りにしておこうと固く誓った。
「でも、これからはもっと女性中心の社交の場にも積極的に出ようと思っています」
「君はそういった場は得意ではないんだろう? 大丈夫なのか」
「……昔の私の行いが原因で、肩身が狭い思いをしているのは事実です。けれど私はゼイン様のパートナーとして、堂々と隣を歩けるようになりたいと思っています」
最初はきっと、辛い思いだってたくさんするだろう。
けれどゼイン様の側で生きていくためなら、いくらでも耐えられる。
「ですから、今までの行動をしっかりと反省した上で、名誉挽回してみせます!」
はっきりそう宣言すると、ゼイン様は金色の両目を見開いた後、ふっと微笑んだ。
「……これ以上、俺を夢中にさせてどうするつもりなんだろうな」
「ゼイン様?」
「いや、何でもない。君の気持ちは本当に嬉しいよ、ありがとう。また迎えに行くから、日時が分かったら教えてほしい」
「いえ、お忙しいでしょうし大丈夫です。マリアベルのお迎えだってあるでしょうし」
「マリアベルの迎えは普段、信頼できる者に任せているから問題ない」
とはいえ、ゼイン様が多忙なことはよく知っているし、気持ちはとても嬉しいけれど、少しでも身体を休めてほしい気持ちがある。
だからこそ、冗談めかして断るつもりだったのに。
「それに、ゼイン様が私のことが大好きだって噂が流れてしまいますよ」
「君にしか興味がないと知らしめるために行ったんだから、好都合だ」
「えっ」
ゼイン様が大したことのないように言ってのけたことで、固まってしまう。
──それから話を聞いてみたところ、ゼイン様は先日、仕事先でエヴァンに会った際、私がシャーロットとのことをかなり気にしていたと聞いたそうだ。
事実ではあるものの、恥ずかしくて仕方ない。エヴァンが私の話をすること自体、意外だった上に、よりによってその話題だなんてと内心頭を抱えた。
「あの、ちが……わなく、ないんですけど……その……」
「俺は君以外に本当に興味がないから、彼女の好意にも全く気が付いていなかったんだ。本当にすまない」
「謝らないでください、ゼイン様は悪くありません!」
私が勝手に気にしていただけで、彼に非はない。
一方で、ゼイン様は迎えに行くことの意味も全て分かっていた上で、私のために行動を起こしてくれていたのだと気付く。
彼らしくない行動だと分かっているし、恥ずかしいと感じないはずもないのに。
胸がいっぱいになって「どうして」しか言えなくなる私を見て、ゼイン様は微笑む。
「君の不安が少しでも無くなるのなら、俺はどんなことだってするよ」
「…………っ」
どうしようもなく胸の奥から「好き」が溢れてきて、私はゼイン様の胸に飛び込んだ。
「グレース?」
「……大好きです。本当に、すごく好きです」
もう言葉では足りないくらい、ゼイン様が好きで大好きで仕方ない。
少しでもこの気持ちが伝わってほしくて、背中に回す腕に力を込める。するとゼイン様もきつく私を抱きしめ返してくれて、幸せな笑みが溢れた。
「ゼイン様は最近、社交の場に出ていないですよね」
「ああ。元々最低限しか顔を出していなかったが、最近は忙しいせいでさらに減ったな」
「本当にお忙しそうです。何かあったんですか?」
シャーロットから聞いた瘴気によって魔物が増えている、という話が気がかりで尋ねてみたものの、ゼイン様は「いや」と首を左右に振る。
「まとまった休みを取るために、前倒しで仕事をしていただけだ」
ポジティブな理由に安堵していると「グレース」と名前を呼ばれた。
「来月の頭、一週間ほど君の時間をくれないか?」
「はい。何の予定もなかったはずなので、大丈夫です」
食堂もしばらく私がいなくても問題ないし、他に大切な予定も何もなかったはず。
それでも一週間という短くない期間で、何をするつもりなのだろう。
「何かあるんですか?」
「もうすぐ君の誕生日だろう? ウィンズレット公爵領に招待したいんだ」
「……はっ」
そう言われて、私はグレースの誕生日を知らなかったことに気が付いてしまった。
小説には端役の細かい情報なんて描かれていなかったし「私の誕生日っていつ?」と周りに聞く機会もそうそうない。私ですら知らないことを知っているゼイン様は流石だと、感服すらしてしまう。
「本当に公爵領にお邪魔していいんですか?」
「ああ。俺が生まれ育った場所を君に見てもらいたい」
実はずっと、ゼイン様が生まれ育った場所を見てみたいと思っていた。幼い頃の彼についてだって、知ることができるかもしれない。
『今度はウィンズレット公爵領にも招待させてほしい。とても良い場所だから』
『はい、ぜひ』
数ヶ月前、一度目の失踪先でそんな会話をしたことを思い出す。当時の私はゼイン様とはいずれ別れる以上、実現することのない約束だと諦めていたのだ。
だからこそ、叶うことがどうしようもなく嬉しい。
「とても嬉しいです。ぜひお願いします!」
「良かった。手配しておくよ」
そうして旅行の約束をした後、夜も仕事の予定が入っているというゼイン様は、私を屋敷まで送ってくれた。
「お帰りなさい、お嬢様。やけにご機嫌ですね。嫌いな令嬢のドレスを引きちぎった後、黙れと言って口に突っ込みでもしてきたんですか?」
誕生日旅行に浮かれている私を、笑顔のエヴァンが門前で出迎えてくれる。
「もう、そんなことするわけ……もしかしてそれ、過去の私がしたことだったり……?」
「はい。それはそれは気分が良かったと嬉しそうに話していましたよ」
「…………」
いつだって私の想像と常識を簡単に超えてくる悪女グレースの悪事に、頭が痛くなる。
ゼイン様に対して偉そうに「名誉挽回します!」と言ったものの、やはり道のりは長く険しそうだと、深い溜め息を吐く。
そして旅行の話をしたところ、エヴァンも一緒に行くと言ってくれた。
「とんでもないクソガキだったお嬢様も、もう十八歳になるんですね。感慨深いです」
「どんな情緒?」
そうは言っても、元のグレースの被害を最も受けたであろうエヴァンには、色々と思うところがあるのだろう。これからは過去の分まで、エヴァン孝行をしていこうと思う。
「楽しみにするのはとても良いことですが、色々と物騒な世の中ですから、勝手な行動は控えてくださいね。俺まで公爵様に叱られそうなので」
「ええ、分かったわ。ありがとう」
エヴァンにお礼を言い、ヤナとハニワちゃんも旅行に誘おうと思いながら、私は軽い足取りで自室へと向かったのだった。