波乱だらけのお茶会 6
──小説のストーリーは今この瞬間も、戦争に向けて進んでいる。
まだ何の解決策も見つかっていないことを思うと、不安や焦燥感が込み上げてきて、血の気が引いていくのが分かった。
私が未来を変えた結果、大勢の命が危険に晒されてしまうことになるのだから。
「暗い話をしてしまってごめんなさい。怖がらせてしまいましたか?」
「い、いえ……」
「でも、意外でした。グレース様がこんな想像のお話でそんなに怯えるなんて。私は心配性なので大袈裟に言ってしまいましたが、大丈夫ですよ」
シャーロットは明るい調子でそう言って微笑んだけれど、心は重くなるばかりだった。
彼女の言う通り、普通ならこの段階で戦争に至るという不安は抱かないだろう。けれど、私は「想像の話」ではなくなることを知っている。
分かっていたことではあっても実際に各地で変化が起こり、誰かの口からはっきりと「戦争」という言葉を聞いてしまうと、動揺を隠せなくなった。
「こんな時、聖女様が現れてくださるといいんですが」
小箱に消毒液やハンドクリームをしまいながら、シャーロットは何気なくそう言った。
他人事のように話す姿からは、彼女が聖女の力を発現している様子はない。
本来、小説では既にその力の一部が現れ始めている時期のはずで、やはりゼイン様との関係が変わったせいなのかもしれない。
「ごめんなさい、そろそろ戻りましょうか」
シャーロットはことりと小箱をテーブルに置いて立ち上がり、私の手を引く。
私は「ええ」と返事することしかできないまま、彼女と共に再び庭園へ向かった。
庭園へと戻ると、すぐにマリアベルが側へやってきてくれた。
「お姉様、大丈夫ですか? すごく顔色が悪いです」
「ごめんなさい、平気よ」
かなり酷い顔をしているらしく、心配をかけまいと笑顔を作る。
それからは二人で端のベンチで休んでいるうちに、お茶会はお開きとなった。
「グレース様、本当にありがとうございました。今日はあまりお話しできなかったので、またお誘いしてもいいですか?」
「もちろんよ、ありがとう」
シャーロットにお礼を言い、門へ向かう道を歩いていく。その途中で「グレース様」と声をかけられ振り返ると、蛇に襲われたダナ様やその友人達の姿があった。
「グレース様、先程は助けてくださってありがとうございました」
「いえ、お気になさらないでください」
「……実は先程ぶつかったのも、わざとだったんです。昔あなたにパーティーの最中に大勢の前で理不尽に罵られ、両親まで馬鹿にされた挙句、頭からお酒をかけられたことを根に持っていて……申し訳ありません」
「えっ」
それはどんなに優しい人だって根に持って当然だと、納得してしまう。他の令嬢達からも先ほど笑ったり、聞こえよがしに嫌味を言ったりしたことを謝られた。
なんとここにいる四人全員が過去、グレースに嫌がらせをされたり、婚約者を誘惑されたりしたことがあるらしく、彼女達の態度も頷ける。むしろ悪いのは過去のグレースで、心底申し訳なくなった。
「全て私が悪いので、お気になさらないでください。私への信用などないに等しいとは思いますが、これまでのことを反省して心を入れ替えたんです。もうみなさんにご迷惑をおかけしないようにしますので、これからもよろしくお願いします」
頭を下げると、すぐに「お顔を上げてください」と令嬢達は慌てる様子をみせた。
「頬を叩かれるくらいの覚悟をしていたので、驚きました。本当に変わられたんですね」
「ええ。私達こそグレース様に仲良くしていただけると嬉しいです」
「実はずっとお美しさの秘訣なんかも聞いてみたかったですし……」
令嬢達は口々にそう言ってくれて、胸が温かくなるのを感じていた。少しずつでもこうして今の私を知ってもらい、取り巻く環境が変わっていくといいなと思う。
「お姉様の素晴らしさが皆様にも伝わって嬉しいです」
笑顔のマリアベルは私よりも嬉しそうで、あまりの愛しさに抱きしめたくなった。
やがて門が見えてきたところで、マリアベルは「あら?」と足を止める。
彼女の視線の先──子爵邸の前に停まっていたのは、見覚えのある豪華な馬車で。
まさかと思うのと同時に馬車から降りてきたのは、見間違えるはずもないゼイン様だった。
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