幸せな日々 3
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「食堂の経営も順調だと、さっきヘイルから聞いたよ。従業員達も仲が良いんだな」
「はい、お蔭様で。従業員達には身の上を打ち明けたことで、気を遣わせてしまっているとは思いますが……みんな一生懸命働いてくれて、とても助かっています」
──元々、私の身分については隠し続ける予定だったけれど、エヴァンがうっかり「グレースお嬢様」とみんなの前で呼んだことがきっかけで、バレてしまった。
元々は貴族も訪れるレストランで働いていたアニエスが悪女時代のグレースを見かけたことがあり、面影があるため同一人物なのではないかと尋ねられたのだ。
働く中でグレース・センツベリーの噂も色々と聞いていたらしく、誤解を解くためにも私は従業員の子達に改めて自己紹介をして、隠していた理由も説明した。
『すっごく驚きましたけど、私達や平民相手にも丁寧に接している姿を見ているので、今更オーナーを悪く思ったりなんてしませんよ』
『そうそう、子ども達にも優しいし!』
少し不安だったけれど、みんなすんなり受け入れ、これからもお客さんには私のことは隠したまま働いてくれると言ってくれて安心した。
ゼイン様のことも恋人だと紹介したところ、こんなにも綺麗な男性は初めて見たとみんな驚いていた。その気持ちは痛いほどに分かる。
「君に会うのも、ずいぶん久しぶりに感じるよ」
「そうですね。公爵邸で毎日のように顔を合わせていたからでしょうか」
魔道具事件の後、私はしばらくウィンズレット公爵邸で療養していた。
療養とは言っても身体に異常はなく、あれほどの危険を犯した私をゼイン様が閉じ込めて見張っていた、が正解かもしれない。
『おいで、グレース』
そんな中、毎日二人きりになる度、ゼイン様は宝物みたいに私に触れ、まっすぐな言葉で愛を伝えてくれた。
まるで、過去のすれ違っていた日々を埋めるように。
私も好きだと必死に伝えれば、ゼイン様は子どもみたいに嬉しそうに笑う。その様子を見る度、どうしようもなく愛おしく感じて、幸せにしたいと強く思った。
「俺は早く一緒に暮らしたいと思っているよ」
「そ、そうでしたか……」
私もゼイン様の側にずっといたいと思う一方で、ゼイン様が身近にいる生活をずっとしていたら、心臓に負担がかかりすぎて身が持たない気がしている。
それに物語の悪女として死にかける未来がある私には危険が及ぶ可能性が高いため、マリアベルもいる公爵邸でずっと過ごすことにも不安はあった。
あっという間に侯爵邸に到着し、再び寂しい気持ちになりながらゼイン様を見上げる。
「ゼイン様、送ってくださって本当、に……っ」
お礼を言おうとしたところで腕を引かれ、抱きしめられた。ふわりとゼイン様の良い香りと優しい体温に包まれ、鼓動が速くなっていく。
「帰したくないな」
「…………っ」
「俺がどれほど会いたいと思っていたのか、君は分かっていないだろう?」
耳元で甘くて低い声に囁かれ、心臓が大きく跳ねた。
「わ、私だって会いたかったです」
「俺とはきっと程度が違う」
ゼイン様のことがすごく好きなのに、まだまだ伝わっていない気がする。
とはいえ、私もゼイン様の愛情の大きさを分かりきっていないのかもしれない。
それでも少しでも伝わってほしくて、離れがたい気持ちを込めて、ゼイン様の服をきゅっと掴む。すると背中に回されていた腕に、さらに力が込められた。
服越しにゼイン様の少し速い心音が聞こえてきて、よりドキドキしてしまう。
「そ、そろそろ馬車から降りないと、お父様に怪しまれてしまいます……」
魔道具事件により私を心配したお父様はずっと王都に滞在しているため、長時間馬車の中にいては、何をしていたのかと疑われてしまうはず。
寂しさをぐっと抑えつけてゼイン様の胸元を両手で押して離れ、顔を上げると、至近距離で視線が絡んだ。
薄暗い中でも熱を帯びた金色の瞳は輝いていて、目が逸らせなくなる。
「……好きだよ」
ひどく甘くて優しい声が耳に届くのと同時に、再び私達の距離はゼロになった。
柔らかな感触と温もりには、まだ慣れそうにない。
「本当に好きだ」
唇が離れた後、耳元で囁かれる。甘すぎる雰囲気やするりと首筋に這う指先に、くらくらと目眩がした。顔だけでなく、何もかもが火照って仕方ない。
ゼイン様とのキスは絶対に一度では終わらないことに気付いたのは、いつだっただろう。
「わ、私も好きです」
「ああ」
何度も繰り返し唇を重ね合いながら、大好きなゼイン様と結ばれることができて幸せだと、心から思った。