幸せな日々 2
「ゼ、ゼイン様……どうして……」
「かわいい恋人を迎えにきたんだ。お疲れ様」
入り口近くの椅子に座るゼイン様は金色の両目を柔らかく細め、笑みを浮かべている。
落ち着いた私服姿の彼は今日も眩しくて、その圧倒的な美貌に慣れることはない。
今日ここへ来るなんて伝えていないのにどうして、と不思議に思ったけれど、すぐに考えるのをやめた。
ゼイン様に居場所がバレることなど、今に始まったことではないからだ。
「ぺぴぽ! ぷぴ!」
私達が食堂で働いている間、裏で良い子に寝ていたハニワちゃんは、嬉しそうにゼイン様へ飛びつく。
身体に巻かれたピンクのリボンが、羽のようにぱたぱたと揺れている。
「ああ、俺もだよ」
「ぷぴ!」
ハニワちゃんは嬉しそうに頬ずりをしており、ゼイン様が心の底から大好きなのが丸分かりで、なんだか恥ずかしくなった。
使い魔は主と意識や記憶を共有するため、好むものも同じだと言われているからだ。
「ここからは二人きりにしてくれるか?」
「ぷぽ! ぴ!」
「ありがとう、良い子だな」
ハニワちゃんの頭を撫でたゼイン様は立ち上がり、エヴァンとヤナに「後は俺に任せてくれ」なんて言うと、立ち尽くす私のもとへ向かってくる。
そして戸惑う私の手を取り、ドアへと歩き出す。
「行こうか」
「えっ? あの、どこに……?」
「侯爵邸まで送るよ」
エヴァンやヤナ、従業員の子たちも笑顔で手を振り、見送ってくれる。
そのまま裏口から見慣れない地味な馬車に乗り、ゼイン様の隣に座らされたところで、窓ガラスに映る自分と目が合った。
「あっ」
今の私は変装のために地味な装いをしていることを思い出し、以前エヴァンに「赤ん坊みたいで良いですね」と笑われた帽子を慌てて取る。
そんな私を見てゼイン様はくすりと笑うと、すぐ目の前まで顔を近づけてきて、私が掛けている分厚いレンズの眼鏡をそっと外した。
「君はどんな姿でもかわいいよ」
「……っ」
文句のつけようのない美しい顔を間近で浴びたこと、何より本気で私のことをかわいいと思ってくれているのが伝わってきて、鼓動が速くなる。
やがて馬車は侯爵邸へ向かって走り出し、だんだんと食堂が小さくなっていく。
隣から視線を感じて顔を向けると、ゼイン様はじっとこちらを見ていた。
「どうかしました?」
「茶髪も新鮮だな。少し大人びて見える」
食堂で働いている間は魔法で染めていて、お湯で流さないと元に戻すことはできない。
ゼイン様は楽しげに私の髪を一束掬い取って軽く口付けるものだから、小さく悲鳴を上げそうになるのを必死に堪えた。
「ら、来週までずっと忙しいから会えないと言っていたので、驚きました」
「今日は早めに仕事が終わったから、少しでも顔を見たくて来たんだ」
膝の上に置いていた手に、自然にするりと自身の指先を絡められる。
お互いに好きだと伝え合い、恋人という関係になってからもうすぐ一ヶ月が経つのに、私はまだまだ些細なことでドキドキしてしまう日々を送っていた。
「……ありがとうございます。実はさっき、私もゼイン様に会いたいと思っていたので、すごく嬉しいです」
「それなら良かった。本当は食事もしていきたかったんだが、今日は姿を変える時間もなかったから、終わるまで待っていたんだ」
あれからゼイン様も一度だけ、以前と同じく姿を変えて食堂に来てくれた。
本来の姿ではあまりにも目立ちすぎるし、彼ほどの上位貴族が来ているとなると、他の平民のお客さんや子どもたちが気後れしてしまうからだ。
『やはり美味しいな』
『ああ、今月のデザートもおすすめだぞ』
ゼイン様と一緒に来てくれていたアルはもはや食堂の常連で、一人でも来てくれている。いつものと言うと、お気に入りのハンバーグランチが出てくるくらいに。
子どもだからお金はいらないと言うと「誰が子どもだ! それに俺はかなり稼いでいるんだぞ」と怒られるため、しっかりお金はいただいてしまっていた。
ゼイン様の命により私を監視していたことに対する報酬でもあると思うと、それが私のもとへ巡ってくるのはなんとも奇妙すぎる。