もう一度、ここから 4
次のお話で2部は終わりです!
ゼイン様はソファに座っていた私のぴったり隣に腰を下ろすと、小さく息を吐いた。
「君が魔道具を壊してくれたお蔭で、魔物の増加はなくなっていた。今は残った魔物を騎士団が討伐している」
怪我人は出てしまったものの、なんとか事件は収束したらしい。あれ以上、魔物が増えていては死人も出ていただろうとのことだった。
思わず安堵して「良かった」と呟けば「良くない」と叱られてしまう。
『なぜ君はあの時、あの場所にいたんだ? なぜあの魔道具が原因だと分かった?』
『それは、その……』
目が覚めた後、そんな当然の質問もされた。答えられずにいると「言えないのならいい。だが二度と、危険なことはしないでくれ」と言われただけだった。
──それにしても、私を救ってくれたあの光は何だったんだろう。主人公であるゼイン様のおこぼれで、端役の私が奇跡的に救われたのだろうか。
危機一髪だったとあの日を思い出しながら、私は今もまた新たな危機に直面していた。
「あの、やけに近いと思うんですが」
「気のせいじゃないか」
「絶対にそんなことはないと思います」
いつの間にか彼の腕は私の腰にしっかりと回され、お互いの身体は密着していた。
それでいてゼイン様のそれはもう美しいお顔は私の耳元にあって、先程から心臓がうるさくて仕方ない。
あんな号泣告白をした後で顔を合わせるだけでも恥ずかしいというのに、こんな体勢では正直、話をするどころではなかった。
「君と距離をおいていた三ヶ月間、俺がどれほど我慢していたと思ってる? しかも君は俺というものがありながら、ランハート・ガードナーと二人で出掛けていたんだろう? 本当に悪い女だな」
「そ、それはですね……本当にごめんなさい……」
ゼイン様は笑顔ではあるものの、とてつもない圧を感じ、私は謝ることしかできない。
慌てて話題を変えようと、すぐに再び口を開く。
「あの、シャーロットのことは分かりましたが、どうして距離を置いてくれたんですか?」
「……ああ」
私の肩に軽く頭を預けると、ゼイン様は続けた。
「実は君の経営する食堂に行ったんだ」
「はい?」
信じられない言葉に、自分の耳を疑ってしまう。私が出勤している日以外でも、ゼイン様のような貴族が来たなんて報告、一度も受けていない。
そもそも私はゼイン様に食堂をやるという話だって、したことがなかったはず。
とは言え、逃げても簡単に見つかって追いかけてくるほどの情報網があれば、それくらい簡単にバレてしまうのだろうと納得してしまう。
「い、いつですか?」
「プレオープンの日に」
「えっ? だって、その日は私も働いていて……」
「ああ。君と話をした」
「いえ、していないです」
「した」
ゼイン様は断言しているけれど、もちろんそんな記憶はない。冗談だろうかと困惑する私に、彼は続ける。
「アルフレッドと一緒に行ったんだ」
「アルフ……? 誰ですか?」
「君も親しげにアルと呼んでいただろう」
「えっ、アルってそんな名前だったんですか!?」
それなりに彼との付き合いは長くなってきたけれど、アルはアルだし、自分のことを話したがらないため、それ以上について聞いたことがなかったのだ。
話を聞くと、ゼイン様はなんとわざわざ陛下に借りた貴重な魔道具で別人の姿になり、私の働く姿と店の様子を見にきたのだという。
「でも、二人が知り合いだなんて全く気づかなか……」
そして私は、大変なことに気が付いてしまった。
これまでアルをただのグレースのファンだと思っていたし、普通に屋敷に迎え入れてお茶をしては、何でも目の前でペラペラ話していたことを思い出す。
点と点が線で繋がっていくような感覚がして、同時にさっと血の気が引いていく。
「ま、まさか……これまで全部、アルから、聞いて……」
「君は警戒心がなさすぎる。アルフレッドを使っていた俺が言うのも何だが、よく知らない相手を招き入れて何でも話すなんてあまりにも危険だ」
「あの、使うっていうのは……?」
「彼は俺の雇っていた諜報員だ。本当に気が付いていなかったんだな」
「ちょうほういん」
なんとアルはああ見えて、元々他国の王家にも仕えていた優秀な諜報員らしい。彼を見つけたエヴァンがすごいだけで、本来は見つかるなんてあり得ないという。
彼の属する組織では相当上の立場らしく、あの偉そうな態度も理解できてしまう。
「ぜ、全部……筒抜け……」
とにかくこれまでの何もかもがゼイン様に伝わってしまっていることを思うと、その場に倒れ込んでしまいそうになる。けれど、納得もしていた。