もう一度、ここから 2
私の心の中を見透かしたように笑うゼイン様に、心臓がどきりと大きく跳ねる。
否定しなくてはと思っても、言葉が出てこない。
「ち、ちが……」
「違わない。俺が君以外の女性を好いていると、口付けて抱きしめていたと思い込んだから泣いたんだろう」
「そうじゃ、なくて」
もう私の気持ちは、とっくにバレているのだろう。それでも、認めたら終わりだ。
そうなればきっと私は、グレース・センツベリーとして頑張れなくなってしまう気がした。
それでも自分の気持ちに嘘はつけなくて、つきたくなくて視界がぼやけていく。
「グレース」
溶け出しそうな蜂蜜色の瞳に見つめられ、ひどく優しい声で名前を呼ばれて、我慢できないくらいに心の中が「好き」で溢れていく。
「……っ……う、……」
もう気持ちを抑えることなんて、できそうにない。
嬉しさや不安、色々な気持ちでいっぱいになって、涙が止まらなくなってしまう。
温かくて大好きなゼイン様の手をぎゅっと握ると、まるで「大丈夫だ」と言うみたいに、握り返してくれる。
「──わ、私と一緒にいると……この先、よくないことがたくさん、起きるんです……」
ゼイン様からすれば訳の分からない話のはずなのに、まっすぐ私を見つめ、子どもをあやすような優しい声で相槌を打ってくれていた。
「周りのみんなも、私も、危ない目に逢うかもしれなくて……だから、これまで別れようと、していたんです」
泣き止もうとしても涙は余計に溢れてくるばかりで、私の目元をゼイン様はもう片方の手で拭ってくれる。
「それに、っゼイン様は私じゃない、他の女の人と……幸せになる、はずで……」
その優しい手つきも「ああ」という相槌も、私にだけ見せる優しい表情も、何もかもが大好きで嬉しくて、気が付けば私は子どもみたいに声を上げて泣いていた。
「ぜんぶ守りたくて、頑張って、きたのに……それなのに、こんな風にされたら、」
「.......ああ」
「っゼイン様をあきらめて、あげられなく、なります」
こうして伝えたことに、もう後悔はなかった。これが私の今の、ありのままの正直な気持ちだったから。
こんなにも大好きで、私を想ってくれる人の手を離したくはないと、強く思う。
気が付けば私はゼイン様の腕の中にいて、きつく抱きしめられていた。
「優しい君はずっと、そんなことを考えていたんだな」
「……うっ……ひっく……」
「ありがとう」
嬉しくて愛しくて、安堵して、初めて大きな背中に自ら手を伸ばしてみる。
すると背中に回されていた腕に力が込められ、私達の間にはわずかな隙間もなくなった。
「だが、俺にとっての幸福は俺が決めるよ」
そして、ゼイン様のそんな言葉に、どうしようもなく心が軽くなっていくのを感じていた。
『君の側に居られることが、俺にとって最大の幸福だ』
小説で一番好きだったシャーロットへのゼイン様のセリフが、いつも心のどこかで私を縛り付けていた。
それがゼイン様の幸せだと、私にとって定義づけるものだったから。
「それに俺は君となら、どんな結末も受け入れられる」
「…………っ」
──ずっとずっと、我慢していた。
端役の私にはあまりにも眩しくて遠くて、手を伸ばしてはいけない人だと思っていたのに。
きっと出会った瞬間にはもう、心惹かれていた。
「……すき、です」
声が、震える。生まれて初めての、告白だった。
「ゼイン様が、大好きです……ずっと、好きで──っ」
そこまで言いかけたところで、後頭部を掴まれたかと思うと、視界がぶれた。
言いかけた言葉が、それ以上紡がれることはない。ゼイン様によって、唇を塞がれていたからだ。
手や頬にキスをされたことはあったけれど、唇は初めてで頭が真っ白になる。
「……っ、ん……」
角度を変えてだんだんと深くなっていくキスに、私はされるがまま。
息継ぎの仕方すら分からず苦しくなったところで、ようやく解放された。短く息をしながら顔を上げれば、至近距離で溶け出しそうな蜂蜜色の瞳と視線が絡む。
ゼイン様は涙の滲む私の目元を指先でそっと拭うと、柔らかく微笑んだ。
「俺も君が好きだよ。本当に好きだ」
嬉しくて幸せで、もう泣くことしかできない私に、ゼイン様は「愛してる」なんて言うものだから、いつまでも涙は止まることはなかった。