たったひとつだけ、望むのは 7
このままではゼイン様にも影響が出てしまうと、全てを出し切るように必死に魔力を注ぐ。
「グレース!」
ゼイン様の手が私の肩に触れるのと同時に耳をつんざくような破裂音が響き、鏡の破片が飛び散る。
魔道具から発されていた嫌な感覚は消え、ようやく壊れたのだと悟った。
「……よ、か……った……」
もう声も上手く出せず、安堵して力が抜けた私の身体はそのまま地面へと傾いていく。
すぐにゼイン様が支えてくれ、悲しげな顔で視界がいっぱいになる。
「なぜ、君が、こんなことを……」
きっと勘の鋭いゼイン様は、私が何をしたのかすぐに悟ったのだろう。
だんだんと視界が暗くなっていき、もうどこが痛いのか分からないくらい、全身が熱くて軋む。想像していたよりずっと、私の身体は良くない状態な気がする。
やはり端役には荷が重すぎたかと、自嘲した。
ゼイン様は魔法で空高く合図を送ると、縋るように私の手を握りしめた。
転移魔法使いを呼んだから耐えてくれ、とゼイン様は言ってくれたけれど、瘴気を浄化できるのは聖女だけだと聞いているし、どうにかなるとは思えない。
それでも私は返事の代わりに、指先だけでそっと大きな手を握り返す。
金色の瞳が揺れ、やがて彼は私の肩に顔を埋めた。
「……君がいない人生なんて、もう考えられない」
今にも消え入りそうな声が耳に届いた瞬間、私の目からは静かに涙がこぼれ落ちていた。
──ゼイン様はまだ、私を好いてくれている。そう確信した途端、嬉しくて安心して、もう、だめだった。
気付かないふりなんてできないくらい、ゼイン様のことが好きだと思い知っていた。
「この光は、一体……?」
その瞬間、視界は眩い金色の光でいっぱいになり、目をぎゅっと瞑る。ゼイン様の戸惑った声が耳元で響く。
ふわりと温かくて優しい感覚に包まれ、全身の力が抜けていくのが分かった。
指先まで覆っていた柔らかな光はゆっくりと消えていき、何が起きたのだろうと呆然としていた私はやがて、自身の身体に起きた異変に気付く。
「……ど、して」
先程まで手に広がっていた黒い痣は消え、痛みも苦しみも嘘みたいに無くなっていた。
自分の身に何が起きたのか、あの光は何だったのか、私には分からない。それでも。
「た、助かった、みたいです……」
へらりと笑ってみせると、ゼイン様は泣き出しそうな顔をして、再びきつく私を抱きしめた。
背中に回された腕も身体も小さく震えていて、どれほど心配をかけてしまったのかと、胸が締め付けられる。
「……頼むから、もうこんなことはしないでくれ」
「ごめん、なさい」
ゼイン様の優しい体温や大好きな匂いに包まれ、じわじわと視界がぼやけていく。
安心するのと同時に、視界がぐにゃりと歪む。魔力や体力を使い果たし、流石に限界がきたのだと悟った。
「……グレース? グレース! しっかり──」
ごめんなさい、大丈夫です、ありがとうございますとゼイン様に伝えたいのに、もう唇さえ動かない。
そしてそのまま、私は意識を手放した。