たったひとつだけ、望むのは 3
あと8話くらいで2部は終わりです!お付き合いのほどよろしくお願いします( ˘人˘ )
翌朝。いつもよりも早く目が覚めた私はハニワちゃんと庭で軽く魔法の練習をし、ゆっくりと湯船に浸かって汗を流した後、ヤナによって丁寧に身支度をされた。
「お嬢様、とてもお綺麗ですよ」
「ありがとう」
全身鏡へ視線を向ければ、派手な美しき悪女──まさに私の知るグレース・センツベリーがそこにいた。
夜空のような深い紺色のドレスを身に纏った私の耳元では大きな宝石のついたピアスが、首元には揃いのネックレスが輝いている。
大きな目を縁取る濃いアイラインや赤い唇が、美しい顔を引き立てていた。
もうギャップ作戦をする必要もないし、まだ小説でのグレースの退場の時期ではない。
何よりランハートは見た目と中身のギャップが好きだと言っていたから、この格好が良いだろうと思った。
「……なんだか、落ち着かないわ」
それでも最近はあまりこういう格好をしていなかったせいか、違和感を覚えてしまう。
ふと「ゼイン様はこの姿をどう思うだろう」なんて考えてしまい、慌てて首を左右に振った。
そんなこと、いくら考えたって無意味だと言うのに。
「お嬢様、お気をつけてくださいね」
「ええ。エヴァンがいるから大丈夫よ」
デートと言えど、少し離れた場所からエヴァンが見守ってくれることになっている。
普通なら男性側も嫌がるのではと思ったけれど、ランハートは「気にしないよ、安心だね」「俺は見られるのも好きだし」とよく分からない怖いことを言っていた。
やがてランハートが侯爵邸へ迎えに来てくれ、エスコートされながら二人で馬車に乗り込んだ。
「今日もとても綺麗だね、ドキッとしたよ」
「ありがとう」
「あまり信じてないって顔、悲しいんだけど」
「誰にでも言ってそうだもの」
「酷いな。最近は減らしてるのに」
言っていないではなく減らしている、なのが何ともランハートらしい。
それからは馬車に揺られて向かった街中で、ランチをした。隠れ家的な、けれどかなり高級感のあるお店で、なんと王族もこっそり使うことがあるんだとか。
「よく来るの?」
「滅多に来ないよ。大切な相手しか連れてこないし」
「そ、そう」
さらりとそう言ってのけたランハートの言葉を全て鵜呑みにしていたら、心臓が持たない気がした。適当な返事をして、別の話題を振る。
「この後はどうする予定なの?」
「行きたい店があるからそこに寄って、その後は二人でゆっくり過ごしたいな。いい?」
「ええ、私は何でも」
デート初心者のため、こうして完全リードしてもらえるのはありがたい。何よりランハートに任せれば楽しめるだろう、という安心感があった。
デザートまで美味しくいただき、満腹で幸せな気持ちのまま向かったのは、お洒落なセレクトショップのようなお店だった。
ドレスからアクセサリー、見るからに高級な家具まで揃っており、紹介制らしい。
「これ、君に似合いそうだね」
「た、確かに……わあ、かわいい」
私に似合うドレスやアクセサリーを選んでくれたランハートは、服から靴まで何もかもお洒落だと思っていたけれど、やはりセンスがとても良い。
どれも私にぴったりで素敵で、胸が弾む。とは言え、貧乏性の私はお値段が気になり、何かひとつだけ買おうかなと悩んでいる間に彼は全てお買い上げしていた。
「これくらいプレゼントさせてよ。俺がこれを着た君を見たいだけだから」
流石に申し訳ない、お金は払わせてほしいと戸惑う私を見て、ランハートはくすりと笑う。
「君は本当に変わってるね、そんな反応初めてだ」
ドレスは屋敷に送るよう手配したと言い、再び私の手をとって店を後にする。
「この後は二人きりでゆっくりできる場所に行こうか」
「え、ええ」
どこへ行くのだろうと気になりながら再び馬車に乗り込めば、行きとは違い、ランハートは私の隣に腰を下ろしていた。
その手には、先ほど買ったばかりの大粒のアメジストが輝く髪飾りがある。
「これ、つけてみてもいい?」
「いいけど、今の髪型のままじゃ合わないかも」
「俺に全部任せてくれる?」
よく分からないものの頷けば、ランハートは何の迷いもなく、ハーフアップにしていた私の髪を解いた。
そして手慣れた手つきで、髪をまとめていく。一体、何人の女性の髪にこうして触れてきたのだろう、なんて考えてしまう。
「グレースの髪って本当に綺麗だよね。目立つから、どこにいてもすぐに見つけられる」
時折、首筋に触れる大きな手がくすぐったくて、恥ずかしくて。私は返事をすることもできず、膝の上でぎゅっと手を握り、石像のように固まっているだけ。
「首筋まで真っ赤だ。かわいい」
「も、もう大丈夫です! 自分でやります!」
「ごめんごめん、もういじめないから」
耐えきれず反対側の席に逃げ出そうとしたところ、すぐに謝られる。ランハートらしくない慌てたような声に内心驚き、浮きかけた腰を再び下ろす。
それでも、いじめるなんて酷いと文句を言えば、彼は「本当にごめんね」と繰り返した。
「君があまりにも純粋でかわいいから、意地悪したくなっちゃうんだ」
「…………」
「それに君は最初、全く俺を意識していなかったから、こうして反応してくれるのが嬉しくて。ごめんね」
その様子から冗談ではないのが伝わってきて、何も言えなくなる。ランハートは私の態度が変わったと言うけれど、私よりも彼の方が変わったように思う。
うまく言えないものの声色だって態度だって、ずっと優しくなった。元々ランハートは色々と協力してくれていたけれど、そういう優しさとは違う気がする。
「できたよ、やっぱり綺麗だ。よく似合ってる」
窓に映る自身の姿を見てみると綺麗に結い上げられており、本当に器用だと感心してしまう。
少し照れながらもお礼を伝えれば、嬉しそうに微笑んだランハートにつられて、思わず笑みがこぼれた。