たったひとつだけ、望むのは 2
今日は食堂の定休日のため、お菓子作りをしたりのんびりしたりと好きに過ごそうと思っていたのだけれど。
「お前さ、マジでこいつはやめた方がいいぞ」
「俺もそう思います」
「ぷぽ! ぴぱぴ!」
「失礼だなあ。ハニワも絶対に悪口言ったよね、今」
何故か侯爵邸の自室にて、謎のメンバーでのお茶会が開催されていた。
私とエヴァン、ハニワちゃん、そして突然やってきたランハートとアルの五人でテーブルを囲んでいる。
「グレースも何か言ってよ。俺、悪くないよね?」
「……し、知らないわ」
エヴァンとは反対側の隣に座るランハートは、さりげなく私の腰に手を回してくる。
私はその手をべりっと剥がすと、ガードマンとしてハニワちゃんを間に置いた。
『君が泣いているのは、すごく嫌だと思った』
『俺にすればいいのに。大事にするよ』
先日大泣きしたことや彼の言葉が頭から離れず、恥ずかしくて顔を見られずにいる。
ランハートもそれを分かっているようで、先程からわざと触れたり甘い言葉を口にしたりしては、私の反応を見て楽しそうにしていた。
「ぱぴ、ぴぺ!」
もちろんハニワちゃんは怒り心頭で、たくましい腕を作り出している。
ランハートも流石にまずいと思ったらしく、人差し指の先をハニワちゃんの方へ向けると、水でできたバリアのようなものを作り出した。
「これでこっちには来れないね」
「ぷ……ぷぷ……」
「えっ? ランハートって、魔法が使えたの?」
「少しだけね。色々と困らない程度に」
よく考えると私はランハートについて知らないことばかりだと、実感する。
それを口に出せば、彼は形の良い唇で弧を描いた。
「じゃあこれからは俺のこと、もっと知っていってよ」
「え、ええと……自己紹介でもしあう?」
「君は本当に驚くほど色気がないね。ねえ、デートしようよ。ちゃんとしたの」
正直、今はそんな気分ではなかったし、食堂のこともある。何より今は異性と、という気持ちにはなれず、申し訳ないけれど断ろうとした、けれど。
「これまで使ってなかったお願い、ここで使うね」
「全力でデートに臨ませていただきます」
こうして来週末、私はランハートと「ちゃんとした」デートをすることとなってしまった。
◇◇◇
食堂での仕事をする日々を繰り返すうちに、時間は恐ろしいスピードで過ぎていく。
「お嬢様、明日のデートのドレスはどうされますか?」
「デート……デートって何なのかしら……」
そしてあっという間にランハートと出かける前日の夜を迎え、私は頭を悩ませていた。
「何の企みもなく異性と出掛けるのは初めてだから、どうしていいのか分からなくて」
「それ、自分で言ってて虚しくなりませんか?」
「やめて」
これまではゼイン様と出掛けるのは小説の流れに乗るため、ランハートと出掛けるのは浮気のフリをするためという、散々な理由を元に行動してきた。
エヴァンの言う通り、少しでも気を抜くと虚しさと罪悪感で押し潰されそうになる。
「俺にも何か手伝えることがあれば言ってくださいね。あっ、またリスト作りますか?」
「全力で必要ないわ」
ゼイン様と初めて出掛けた日、エヴァンの作った「ゼイン様と距離を縮めるための10の目標」リストを見られてしまったことを思い出す。
『──君は俺と、こういうことをしたいのか?』
誤解した彼によって馬車で壁ドンされた私はパニックになり、泣いて逃げ帰ってしまったのだ。
とんでもない黒歴史だけれど、先日キスされた時に泣き出さずに済んだのは、少しの成長──と言うより、自身の気持ちの変化が大きいことを実感してしまう。
「確かにランハート様なら、こちらが準備しなくても距離を縮めてきそうですもんね」
「そういう意味の必要ないじゃないんだけど」
冷静に突っ込みつつ、真面目にドレスを選んでくれているヤナの元へ移動する。
「本気で告白されたらどうするんですか?」
それでもエヴァンの疑問は尽きず、背中越しにそんなことを尋ねられた。
「告白なんてされないから、大丈夫よ」
先日はうっかりドキドキしてしまったけれど、ランハートも以前「全部遊びだよ」と言っていたのだ。甘い言葉を鵜呑みにしては、逆に困らせてしまうだろう。
自分で尋ねておきながら「ふーん」「へー」と興味なさげに呟いたエヴァンに苛立ちを覚えていたけれど、やがて彼は「あ、そうだ」と再び口を開いた。
「そういえば昨日、公爵様に会いましたよ」
「えっ?」
確かに昨日、エヴァンは午後から用事があると言って出かけていたけれど、まさかその場にゼイン様もいたとは思わなかった。
色々気になることはあるものの、平気な顔をしてアクセサリーボックスを開ける。
「明日、時間があれば朝から討伐に参加してほしいと言われたのですが、お嬢様とランハート様のデートの護衛があるので無理ですとお断りしました」
「…………」
間違ってはいないし事実だし、今回に関してはある意味アシストにすらなっているけれど、胸の鼓動が乱れてしまうのが分かった。
「何か、言ってた?」
「そうか。仲が良いんだな、とだけ」
「……そう」
どうしてこんなことを尋ねてしまったんだろうと三十秒前の自分を恨みながら、私は一番手前にあったイエローダイヤモンドのネックレスを奥にしまいこんだ。