ほどかれた未来 4
数時間後、会場に到着するなり、グレースの取り巻きの令嬢達に囲まれてしまった。
「グレース様、お会いしたかったですわ!」
「最近お見かけしなかったので、心配していたんです」
「ごめんなさい、色々と忙しかったの」
派手な色のドレスに身を包み、濃い化粧をして髪をきつく巻いている姿はまさに、悪役令嬢そのものだ。
ちなみに私も悪女の雰囲気にしてきたつもりだったけれど、彼女達と比べれば清楚に見えるレベルだった。
最近では食堂での平民の地味な服装にエプロンに慣れていたせいか、感覚が鈍ってしまったらしい。少しでも原作の流れになるよう、気休めかもしれないけれど、こういった部分もしっかりしていこうと反省した。
「最近、何か変わったことはあったかしら?」
「グレース様がいらっしゃらないせいか、アルメン伯爵家の令嬢達が中心となって、社交界で大きな顔をしているんですのよ。それがもう腹立たしくて!」
「ええ、本当に目障りですわ。大した歴史もない、裕福でもない家門のくせに!」
「そ、そう……」
悪女のグレースと一緒に過ごしていたらしい彼女達の会話と言えば、専ら誰かの悪口かグレースを持ち上げるばかりで、早速逃げ出したくなる。
「そうだわ、ウィンズレット公爵様とはどうですか?」
「最近はあの成金子爵令嬢ごときが公爵様に近付こうとしているんです、烏滸がましいこと」
やはりシャーロットを良く思っていないようで、誰もが苛立たしげに話をしては盛り上がっている。それほどシャーロットは、際立った存在なのだろう。
小説でも身分差についてなど、シャーロットを悪く言ったり嫌がらせをしたりする令嬢は後を立たない。
いつもは気丈なシャーロットも度を超えたものに対しては傷付き、涙を流すこともある。そんな時、ゼイン様が格好良く彼女を助けるシーンも多々あった。
きっと彼女達のような令嬢が騒ぎを起こすのだろうと思いつつ、かなり気になっているらしいゼイン様との関係を、どう話そうかと頭を悩ませていた時だった。
「グレース、ここにいたんだ? 探したよ」
後ろからランハートが現れ、それはもう自然に私の腰を抱き寄せてみせる。
同時に周りにいた令嬢達は「きゃあ!」と黄色い声を上げた。先程までひたすら悪口を言っていた恐ろしい顔から一転、乙女の顔になっている。
パートナーとして一緒にやってきたものの、ランハートは入り口ですぐ知人に捕まり、私だけ先に会場の中へと入っていたのだ。
「なるほど、グレース様は公爵様からランハート様に乗り換えられたのですね!」
「ええ、グレース様があんな女に略奪されるなんてあり得ないですもの。流石ですわ」
何故かキラキラとした尊敬のまなざしを向けられて困っていると、空気を読んでくれたらしいランハートは、するりと私の頬に手を滑らせた。
「でも人気者のグレースには、まだ完全に振り向いてもらえていないんだ。二人きりにしてもらっても?」
ランハートがそう尋ねると取り巻きの令嬢達は再び甲高い声を上げた後、こくこくと物凄い速さで頷き、すぐにその場から去っていった。
彼こそ流石だと思いながら、ほっと胸を撫で下ろす。やはり「グレースらしさ」を保つのは難しいし、日頃から気を付けていないと駄目だと反省した。
それからはランハートの友人を紹介されたけれど、みんなとても素敵な方で、とても楽しい時間を過ごした。
悪評まみれのグレース・センツベリーに対しても、何の隔たりもなく接してくれている。
「ランハート様は誰よりも視野が広くて、次々と誰も思い付かないようなアイディアを生み出されるので、一緒に事業をやると勉強になるし、心強いんです」
「って君の前で褒め称えるように、買収してあるんだ」
「もちろんこれも嘘ですからね」
「ふふ、分かっているわ」
そして誰もがランハートのことを心から尊敬し、大切な友人や仲間だと思っているのが伝わってくる。
女性ばかりにモテるのかと思っていたけれど、私の偏見だったらしい。知らなかった一面を知り、少しの嬉しさを感じてしまった。
「ランハート様だわ! 今日も素敵ね」
「一度でいいからお相手していただきたいわよね」
そして女性達は皆、彼とすれ違うたび、熱い眼差しを向けていた。とは言え、気持ちもよく分かる。
私はエヴァンやゼイン様という美形に囲まれていたせいで感覚が麻痺していたけれど、ランハートの美しさは群を抜いていた。
じっと隣に立つ彼を見上げていると「うん?」と綺麗に微笑み、こてんと首を傾げた。そんな仕草ひとつひとつも色気があって、絵になるから困る。
「美形だなあと思っただけ」
「俺のこと、そう思ってくれてたんだ? 全く興味がないのかと思ってたよ」
「まさか。このレベルの美形を見て、何も思わないなんてあり得ないもの」
「へえ、それは嬉しいな。いいことを聞いた」
素直にそう答えると、ランハートは目に見えて機嫌が良くなったようだった。
こんなこと、言われ慣れているはずなのに。
「せっかくの舞踏会だし、一曲くらい踊っておく?」
「申し訳ないけれど、遠慮しておくわ」
マナーなんかは身体に染み付いていたし、ダンスもできるはず。けれど、本来のグレースはきっと誰よりも完璧に踊ってみせることを思うと、失敗が恐ろしくて目立つ場所では避けたかった。
「君は踊るのが好きなイメージだったんだけどな。思わせぶりな君と一度だけでも踊りたいって男が後を絶たなくて、喧嘩になっていたこともあったし」
「……そ、そう」
記憶喪失のせいで不安だと正直に話せば、ランハートは「いつも会場の真ん中を占領していた君が? 上手く踊れるか不安だって? あはは!」とおかしそうに目一杯笑った後、今度練習相手になると言ってくれた。
そんな中ふと、会場の一角がやけに盛り上がっていることに気付く。
「──シャーロット」
その中心には数ヶ月ぶりに見るシャーロットの姿があって、どきりと心臓が跳ねた。




