夢の在処 7
「おねえちゃん、ごちそうさま」
子ども達は食事を終えたらしく、テーブルを見ると綺麗に完食してくれていた。先程遊んでいたおもちゃや本も全て、元あった場所に綺麗にしまってくれたらしい。
私は子ども達と目線が合うようにしゃがみ込むと、小さな手を取り、笑顔を向けた。
「ありがとう。お腹はいっぱいになった?」
「うん、とってもおいしかった! こんなにキラキラで楽しいごはん、はじめて食べたよ」
「……そっか」
子ども達の眩しい笑顔に、胸がいっぱいになる。きっとあの頃の私も、こんな顔をしていたのかもしれない。
そのまま外へ見送ろうとしたところ、赤髪の男の子が何か言いたげな顔をしていることに気が付く。
「どうかした?」
「……本当にいいの? おかね」
不安げな、申し訳なさそうなその姿に、再び過去の自分が重なる。私もいつも同じことを考えていたからだ。
「もちろん。その代わり、大きくなったらお客さんとしてたくさん食べに来てね」
だからこそ私も、あの日もらった言葉を口にする。するとほっとしたように笑ってくれて、安堵した。
「どうもありがとう、またくるね!」
無邪気なかわいらしい笑顔を向けられ、胸がいっぱいになって視界が滲む。
子ども達にはこんな風にずっと笑っていてほしい、健やかに育ってほしいと、心の底から思う。
「どういたしまして。またいつでも来てね」
そうして子ども達を見送り店内へ戻った私は、そのまま入り口の棚の陰に隠れるようにしゃがみ込んだ。
「…………っ」
──本当に、本当に嬉しかった。息が詰まるくらいの喜びが込み上げてきて、きつく両手を握りしめる。
先程とは違い我慢しきれなかった涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちる。嬉しくて救われたような気持ちになって、安堵して、心の中はぐちゃぐちゃで、もう限界だった。
服の袖で拭っても、またすぐに涙が頬を伝っていく。
──この世界にはこういったお店はないし、私だって何もかも素人なのだ。上手くいくのか、受け入れてもらえるかも分からず、不安な気持ちも大きかった。
私の自己満足だけで終わるかもしれないと、悩んだこともあった。それでも。
「……っう……ひっく……」
今はやって良かったと、心の底から思えていた。そしてこれからもきっと、何度だってそう思える日がくるという確信が、今はこの胸の中にある。
そしてこれらは全て「グレース・センツベリー」に転生したからこそ、できたことだとも分かっていた。
「──大丈夫か?」
ぐすぐすと泣き続けていると、不意にひどく穏やかな声が降ってきて、慌てて顔を上げる。
するとアルと一緒に来ていた男性が目の前におり、ハンカチを差し出してくれていた。
「あ、ありがとう、ございます……すみません……」
「ああ」
どうやら食事を終え、私にお礼を伝えようとしてくれていたらしい。せっかく来てくれたのに、訳の分からない号泣姿を見せてしまうなんてと、申し訳なくなる。
それでも男性は隣にしゃがみ、ただ見守るように黙って私を見つめていた。まだ言葉はほとんど交わしていないけれど、とても優しい人だということだけは分かる。
少しずつ落ち着いてきた私は、小さく息を吐いた。
「こんな姿をお見せしてごめんなさい。それにしても、よくこんなところにいるのを見つけられましたね」
「俺は君を見つけるのが得意だから」
「…………?」
一瞬困惑してしまったものの、私達は初対面だし人探しが得意だとか、きっとそういう意味なのだろう。
そんな中、目の前を通りすぎたエヴァンが、私と男性を見て「こちらは大丈夫なので、ごゆっくり」と声をかけてくれる。たまにまともで優しいから困る。
お言葉に甘えてあと5分だけはこうさせてもらおうと決めて、ありがたく先程借りたハンカチで目元を拭う。
男性も立ち去ろうとはせず、こちらを見つめたまま。
「なぜ泣いていたんだ?」
「……実は、こうしてお店をやるのが子どもの頃からの夢だったんです」
それから私は、どうして食堂をやろうと思ったのか、正直に話した。とは言え、アルの知り合いだし気を遣わせたくなくて、過去の貧乏話は伏せておく。
初対面でするような話ではないと理解しながらも、何故かすんなりと話せたし、話したいと思えてしまった。
むしろ彼と話していると、不思議と落ち着く気さえしてしまう。やがて私は、はっと我に返った。
「はっ! すみません、こんな話をいきなり……」
「いや、大丈夫だ」
「とにかくそれで、さっき子ども達の笑顔を見たら、心から嬉しくて、泣いちゃったんです」
改めて口に出すと、全て現実なんだと実感してじわじわと喜びが込み上げてきて、幸せな笑みがこぼれる。
すると男性は驚いたように目を瞬いた後、少しだけ泣きそうな顔をして微笑んだ。
「……君は、本当にすごいな」
「えっ?」
そして静かに立ち上がり、手を差し出してくれた。
ついつい話し込んでしまったものの、そろそろ仕事に戻らなければと慌てて手を取り、私も立ち上がる。
「あの、本当にありがとうございました」
「こちらこそ。君の話が聞けて良かったよ」
その笑顔や言葉に嘘はないのが伝わってきて、また心が温かくなった。もっと話していたいと思うくらい、一緒にいて居心地の良さを感じてしまうのは何故だろう。
やがて棚の影から出ると、私達を探していたらしいアルがやってきた。
「おい、こんなところいたのかよ。あのクソ騎士に聞いても『ナイショです』とか言いやがるし」
エヴァンはやはり気を遣ってくれていたらしく、隠してくれていたようだった。
けれどアルも料理がお気に召したのかご機嫌で、いつものようにぶーぶー文句を言うことはない。
「すげー美味かったわ、また来てやってもいい」
「本当? 良かった!」
いつだって正直すぎるアルの言葉は信じられるし嬉しくて、自信になる。
プレオープン日の今日、知り合いは無料だと説明したものの、男性は「感謝の気持ちとして払わせてほしい」と言って聞かない。
結局、アルの分とまとめてお会計をしてくれて、私は外まで二人を見送った。
「本当に美味しかったよ、ありがとう」
「こちらこそ。あの、お名前を聞いても?」
そう尋ねたけれど「次に会えた時に」と誤魔化されてしまう。最近の男性は、名乗らないことが多いらしい。
「では、ハンカチもその時に洗ってお返ししますね」
「……ああ」
困ったように微笑んだ後、男性は金色の目を細めた。
「君の夢がこれからも上手くいくよう、祈っているよ」
「あ、ありがとうございます!」
ひどく優しい表情についどきりとしてしまいながら、二人が見えなくなるまで見送る。
「よし、頑張ろう!」
そして再び店へと戻り、両頬を叩いて気合を入れた。
──それからも夕方の閉店時間まで満席で、食堂のオープンは大成功に終わった、けれど。
この日から、ゼイン様からの連絡が来なくなった。