夢の在処 2
「あら、アル。久しぶりね」
「ああ」
偉そうな態度で入ってきたのは久しぶりのアルで、彼はどかりと私の側にあった椅子に腰を下ろした。
エヴァンやヤナにも「よ」と気さくに挨拶しており、神出鬼没な彼がどこに現れたとしても、もう誰も驚かなくなっている。
私が失踪作戦をしている時期、アルもかなり忙しかったらしく、本当に最悪だったとこぼしていた。なぜか思い切り睨まれたけれど、私は無関係だし理不尽だ。
そんなアルともランハートは初対面で、壁に背を預けたまま興味なさげに視線を向けていた。
「この子、知り合いなんだ?」
「ええ、私のファンなの」
「お嬢様のストーカーですよ」
「違えよ、ふざけんな! ったく、俺は本来こんな扱いをされるような立場じゃ……そもそもこいつらが……」
同時に答えた私とエヴァンに対してアルは舌打ちをした後、ぶつくさと文句を言っている。
かわいい顔をした美少年が偉そうにしていても不思議と腹が立たず、よしよしという気持ちになってしまう。
「こんな若い子にまで好かれるなんて、人気者だね」
「だから違うっての! で、こいつは?」
「俺はグレースの次の恋人だよ、よろしく」
「違うからね」
勝手なことを言うランハートを目を細め見つめると、アルは「ふーん」と頬杖をついた。
「お前、絶対に男を見る目がないよな。真面目に身の振り方を考えた方がいいぞ」
「えっ…………」
突然、本気のトーンでそんなことを言われ、ショックを受ける私を鼻で笑うと、アルは「すっきりしたから帰るわ」と去っていく。
本当にただ私に鬱憤を晴らしにきた、みたいになっているけれど、何がしたかったのだろう。
気を取り直してそれからも準備を進め、そろそろ帰ろうかと思っていた頃、大人しく様子を見守っていたランハートが「ねえ」と私の服の裾をくいと摘んだ。
「グレースの作った料理を俺も食べてみたいな、ちゃんとお金は払うから。だめ?」
「もちろん。お金なんていらないけど、まだ食材がほとんどないし簡単なものでもいい?」
「うん、何でもいいよ」
ランハートがそんなことを言い出すなんて意外で、少し驚いたけれど、簡単なパスタを作ることにした。
せっかくだしここでしか食べられない味にしようと、和風の味付けにしてみる。前世で使っていた調味料に近いものも、これまで試行錯誤しながら作っていたのだ。
やがて緊張しながらランハートの前に完成したパスタの皿を置くと、私は彼の向かいに腰を下ろした。
「ありがとう、早速いただくね」
「は、はい!」
「あはは、なんでそんなに緊張してるの」
ランハートは食事をする姿までなんだか色気があると思いながら、ごくりと固唾を飲んで様子を見守る。
「──驚いた、美味しい」
「ほ、本当に……?」
「うん。こういう味は初めてだけど、かなり」
少し驚いたような表情からも、本当にそう思ってくれているのが伝わってくる。
「良かったあ……ありがとう、すごく嬉しい!」
生粋の貴族であるランハートの口に合うのなら、きっとお客さんの口にも合うはず。何より美味しいと言ってもらえるのは嬉しくて、思わず笑みがこぼれた。
ほっと息を吐いているとランハートが食事をする手を止め、じっとこちらを見つめていることに気が付く。
「どうかした?」
「今の笑顔、かわいくてびっくりした。君は俺の前であまり笑ってくれなかったから」
「……え」
予想外のかわいいという言葉に、心臓が跳ねる。なんというか、これまで彼には何度も「かわいい」と言われたことはあったけれど、今のは何か違う感じがした。
そして思い返せば、ランハートと一緒にいる時は浮気の罪悪感で押し潰されそうになっているか、作戦に失敗してどんよりしているかのどちらかだった。
よくこんな辛気臭い女に付き合ってくれるなと申し訳なくなりつつ、感謝してもしきれない。
その後、ランハートは綺麗に完食してくれ、美味しかったと丁寧にお礼を言ってくれた。
「オープンしたら、また食べに来るよ」
「ええ、ありがとう」
初めてランハートに会った時には、華やかなオーラや上位貴族特有の雰囲気に圧倒され、なんだか遠い人のような気がしていた。
けれど実際に関わった彼は話しやすくて、子どもっぽいところもあって、こんな場所に来て、私の手料理を食べてくれるような人で。想像とは全然違った。
「そうだ、明日からしばらく色々な集まりに出るから、あの子の話を聞いてくるね」
「あ、ありがとう……!」
あの子というのは、シャーロットのことだろう。彼女の様子が気になっていたものの、なんとなく直接会うのが怖いと思っていたため、本当にありがたい。
その一方で、ずっと気になっていたことがあった。
「……ねえ、どうしてこんなに協力してくれるの? 私はまだ何もランハートに返せていないのに」
いつまでもお願いをされることもないし、実は多忙な彼に何も返せていないことを申し訳なく思っていた。
そう尋ねれば、ランハートは「ああ」と何のことはないように呟く。
「俺、君の気の強そうな顔に似合わない言動がすごく好きなんだよね。ギャップって言うのかな」
「えっ?」
「前から美人だとは思ってたけど、それだけで。でも、あの日劇場でぽつんと一人で座って大泣きしている君を見て、いいなと思った。だから、声を掛けたんだ」
ゼイン様と初めて出かけた日、劇場で私を助けてくれたのは単なる偶然や気まぐれではなかったらしい。
「純粋でどこか抜けてるグレースが頑張っている姿が、かわいくて好きなんだよね。君によく思われたいって下心からだから、気にしないで」
後は普通に見ていて面白いし、なんて言い、ランハートは「ね?」とにっこり微笑んだ。
ただ面白がっていただけではなく、私を好ましく思っていたからこそだと知り、じわじわと顔が熱くなっていくのが分かった。こんなの、逆に気にしてしまう。
とは言え、前に全部遊びだと言っていたし、真に受けないようにしようと、落ち着くために深呼吸をする。
「でも、あんな料理まで作れるなんて反則じゃない? どこまでギャップがあるんだろうね、君って」
けれど、おかしそうに笑うランハートの屈託のない笑顔が眩しくて、やっぱりドキっとしてしまった。
書籍の浮気現場目撃の挿絵が私ははちゃめちゃ好きです