恋心を利用する
何故か表示されなくなっていたので再投稿しました、
すみません><
「あははは! 笑いすぎてお腹が痛いや、君だけじゃなく公爵様も大好きになったよ」
3回目の失踪を試みた翌日、私は再びガードナー侯爵邸を訪れ、大笑いするランハートと向かい合っていた。
──昨日、ゼイン様に捕まった私はもう抵抗するのをやめ、一緒に食事をしてホテルでは隣の部屋に宿泊し、今日の昼に大人しく一緒に王都へ戻ってきていた。
『夕食もホテルも結構です、王都にはちゃんと一人で戻りますから放っておいてください』
『そうか、残念だな。今からキャンセルをすれば食事は無駄になる上に代金は全額とられてしまうけど、君には関係ないし気にしなくていいよ』
『…………』
もう抵抗する気力も無くなっていた、が正しいかもしれない。ゼイン様に勝てる気がしなかった。私のことをよく分かっているし、予知能力があるとしか思えない。
そして帰宅後、ベッドに倒れ込んでいたところランハートから連絡が来て、ここ最近の報告をしにきたのだ。
終始お腹を抱えて笑ってくれ、あのブレスレットについても期待以上の反応だったらしく、満足げだった。
「あー笑った、それで? 次はどうするつもりなの?」
「もう失踪作戦はやめるわ、お金だって勿体ないし」
逃げてもどうせ捕まるだけなのだから、交通費や宿泊費の無駄だ。食堂のことだってあるし、そろそろ別の方法を考えるべきだろう。
ランハートは目尻に浮かぶ涙を拭い、息を吐いた。
「まあ、公爵様はそれくらいじゃもう君を諦めないだろうしね。どうしてそんなに君がいいんだろう?」
「……そんなの、私だって知りたい」
「でも、こういうのって理屈じゃないんだろうな。自分にはこの人しかいないと思っちゃったら、もう終わりらしいよ。抜け出せないんだって、怖いよね」
他人事のようにそう言って笑い、ソファの背に体重を預けると、ランハートは唇で綺麗な弧を描く。
「明日からの予定は? 暇なら俺と遊ばない?」
「ひとまず食堂の準備を進めながら考えるわ。最悪、私がいなくても回るようにしないと」
「しょくどう?」
ランハートは長い睫毛に縁取られた目を瞬き「何の話?」と首を傾げた。話した気でいたけれど、食堂の開店準備をしていることを彼に話していなかったらしい。
コンセプトなどを説明すれば、ランハートは「へえ」と感心するような声を出した。
「グレースって、本当に予想もつかないことをするね。公爵様が君を気にかける理由も分かる気がするよ、そこらの令嬢とは全然違うから」
「それ、褒めてる?」
「もちろん。その準備、俺も今度遊びに行っていい?」
「いいけど、絶対にあなたが来ても楽しくないわよ」
そもそも、ランハートは次期侯爵という立場なのだ。働かなくて良いのかと尋ねたところ、意外と普段はきっちりすべきことはしているらしい。
社交の場にも積極的に顔を出しているし、確かに要領よく何でもこなしそうなタイプではある。
「そう言えば、シャーロットはどう? あれからも社交の場で見かけたりする?」
「ああ、シャーロット・クライヴ嬢ね。よく見るよ」
シャーロットは持ち前の明るさや素直さで、あっという間に社交界の中心人物となっているんだとか。
確か小説でも元平民の彼女をサポートする男性がいたし、もしかするとそのお蔭で馴染めたのかもしれない。
「それと、公爵様と話しているのも見たよ」
「…………え」
──ゼイン様とシャーロットが、既に出会っている?
予想もしていなかった言葉に、心臓が大きく跳ねる。だって、そんな様子なんて一切なかったのに。
「君が山奥に行った日の晩あたりだったかな」
ランハートはとある伯爵家の夜会に顔を出しており、そこで二人の姿を見かけたという。
全身が冷え切るような感覚がして、胸が苦しいくらいに早鐘を打っていく。自分でも驚くほどきつく手のひらを握りしめていた私は、はっとして再び口を開いた。
「その、どんな感じだった?」
「遠目で一瞬見ただけだから、よく分からなかったな。あの公爵様が女性と二人で話しているのは珍しいし、たまたま目についたんだよね」
やはり二人は、自然と出会うようにできているのかもしれない。私が何もしなくてもこれから先、小説通りに惹かれ合っていく可能性もある。
それでも、ゼイン様はシャーロットに出会った後も私をあんな山奥や謎の街まで追いかけてきてくれたのだ。
まだ気持ちに変化はないようだし、私は邪魔者でしかない。二人が出会いさえすれば何とかなると心のどこかで思っていたせいか、焦燥感が込み上げてくる。
「これから、どうすれば……」
「今のままじゃ、何をしたって無理だよ」
ランハートは動揺する私にはっきりとそう言ってのけると、長い脚を組み替えた。
「君は根が優しいから、他人に辛く当たれないんだ。人間ってそう上手く自分の感情を隠せるものじゃないし」
ランハートは「特に好意はね」と続けた。
「公爵様を嫌うどころか好ましく思っているのが伝わっているから、諦められないんじゃないかな。あと、そんな顔は絶対に見せないほうがいいよ」
「……そんな顔?」
「ああ、無自覚だったんだ。本当に君達、厄介だね」
呆れたように笑うランハートの言葉の意味は分からないものの、前半部分に対しては痛いところを突かれたせいか、何も言えなくなってしまった。
私はゼイン様を嫌いになんて、一生なれないだろう。けれど、このままではいけないことも分かっていた。
目を伏せて両手を膝の上で握りしめていると不意にランハートは立ち上がり、私のすぐ隣に座った。
やけに近い距離に戸惑い少し後ずさると、逃げるなとでも言うように腰に手を回される。明らかに手慣れている手つきに、思わず身体が強張るのが分かった。
「公爵様を諦めさせる、いい方法があるよ」
「えっ?」
「本当に俺を好きになればいい。そうしたら優しい公爵様は強く出られないよ。本気で君を好きだからこそね」
「…………っ」
「それに諦めもつくんじゃないかな。好きな相手に別の好きな人間がいるのは、何よりも辛いことらしいから」
きっとランハートの言う通りだ。それでゼイン様が傷付けば、小説の本来の展開にも戻るかもしれない。
「浮気のフリなんて半端なことをするより、よっぽどいいと思うけど。俺のこと、嫌い?」
くいと指先で顎を持ち上げられ、至近距離で美しいアメジストの瞳と視線が絡む。
あまりの近さに驚き、慌ててぱっと目を逸らすと「その顔でその反応、ずるいな」なんて言われてしまった。
「き、嫌いでは、ないけど……」
「じゃあ好きにもなれるよ、大丈夫」
あっさり断言したランハートのことはもちろん嫌いではないし、何だかんだいつだって協力してくれる優しい彼を好ましいとは思っている。
それでも「人として」であって、異性として好きになれるかどうかは分からなかった。
「他に良い方法が思いつかないのなら、やってみる価値はあると思わない? 俺も君に好かれたら嬉しいし」
「……それは、そうかもしれないけど」
「でしょ? 『今の君』らしくない行動をするのが、公爵様との破局への一番の近道だと思うな」
そう言って微笑むと、ランハートは私の頬を撫でた。