グレース・センツベリーの失踪(2回目) 5
その後は仕事を押し付けたりはしなかったものの、ゼイン様は手伝いを買って出て、しっかり働いてくれた。
私はなるべくゼイン様と二人きりにならないようにしつつ、素っ気ない態度をとるだけで精一杯だった。
「公爵様って、全ての言動から本当にお嬢様が好きだっていうのがひしひしと伝わってきますよね」
「ええ、驚くほど健気で」
「…………」
ヤナとエヴァンも感心した様子を見せており、ゼイン様のことを褒めている。私だってそんなことは誰よりも分かっているし、だからこそ胸が痛んで仕方なかった。
「ぺぴぽ! ぱぺぺ、ぷぺぴぴ!」
「はは、何を一生懸命話しているんだろうな」
ハニワちゃんもゼイン様もずっと一緒にいられるのが嬉しいようで、べったりくっついていた。
そうしてあっという間に3日が過ぎ、ようやく公爵家からの迎えが来てほっと息を吐いたところで、ゼイン様は当然のように私の手を取った。
「さて、帰ろうか」
「えっ? いえ、私はまだ──」
「俺が数日後にまた来ても良いのなら、話は別だが」
「帰ります」
ゼイン様の本気を分からせられていた私は、即頷く。私がここにいる限りゼイン様は何度でも来るだろうし、またもや失敗してしまった以上、ここにいる理由もない。
ここに来る前からエヴァンとヤナがいることも分かっていたようで、二人のための馬車まで用意されており、私はゼイン様と同じ馬車に乗ることになってしまった。
「…………」
「…………」
王都に向かう馬車に揺られ、向かいで頬杖をつき、満足げな笑みを浮かべるゼイン様をじとっと見つめる。
「……どうして、こんなに色々と知っていたんですか」
「さあ? 愛の力じゃないか」
「…………」
答える気はないらしく、眩しい笑顔を返される。とにかく公爵家の情報網を舐めてはいけないらしい。
「昼食はどうしようか、何が食べたい?」
「……いりません」
少しでも早くこの場から解放されようとそう返事をすれば、ゼイン様はふっと笑った。
「あまり冷たくしないでくれ、傷付くから」
「そうは見えません」
私が素っ気ない態度をとっても別れを切り出しても、ゼイン様に傷付いたり悲しんだりする様子はない。
過去にランハートとの浮気現場に遭遇しても、私を咎めることさえしなかった。本当に私を好いてくれているならば、一番に怒るべきポイントではないだろうか。
やはりゼイン様は分からないと首を傾げていると、彼が私の手首を見つめていることに気付いた。
「……そのブレスレットはどこで?」
ゼイン様が私が身につけているアクセサリーについて尋ねてくるなんて初めてで、少しだけ驚いてしまう。
「えっ? ええと、ランハートからの贈り物です」
気まずさを感じながらも、これは嫌われるチャンスだとすかさず答える。最後に会った時とてもよく効く「願いが叶うお守り」だと言われて渡されたのだ。
華奢で可愛らしく汚れては困るため、山ごもり中は身に着けていなかったけれど、先程ドレスに着替えた際につけておいた。今の私は藁にも全力で縋るレベルだ。
「君はこれが何か知っているのかな」
「流行りのお守りだと聞いていますが……」
「近くで見ても?」
「は、はい」
そんなにこのデザインが気に入ったのだろうかと思いながら、恐る恐る右腕を差し出す。
「えっ──……」
するとゼイン様が触れた瞬間、ブレスレットはパキパキと音を立てて凍り、粉々になって床に散らばった。
いきなりのことに呆然とする私を見て、ゼイン様はにっこりと微笑んだ。
「これは恋人同士が同じものを身に付けると永遠に一緒にいられる、と女性達の間で流行っているそうだ」
「……へ」
聞いていた話とは全く違い、口からは間の抜けた声が漏れる。ランハートはこうなることが分かっていて、私にプレゼントしたに違いない。
私のための浮気アシストなのか、面白がっているだけなのか分からないけれど、事前に説明して欲しかった。
「…………」
「…………」
ブレスレットと同様に馬車の中の空気は凍りつきそうなくらい、冷え切っている。
私は床に散らばった欠片を見つめながら「これ、いくらするんだろう」なんて現実逃避をするほかなかった。
「ああ、デザインが気に入っているのなら、俺が同じものをすぐに用意するよ」
「い、いえ……けっこうです……」
ゼイン様は「そうか」と言うと、行き場を失ったままの私の手をそっと掴み、自身の方へと引き寄せた。
溶け出しそうな金色の瞳から、目を逸らせなくなる。
「非常に不愉快だから、他の男から贈られたものは二度と身に付けないでくれ」
「は、はい」
ここは破局を目指している身分としては全力で拒否すべきだというのに、あまりの圧に思わずこくこくと頷いてしまった。やはりゼイン様の沸点はよく分からない。
「それで、その『お守り』に君は何を願ったんだ?」
「……わ、忘れました……」
この空気の中で、あなたと別れられますようにと願いましたなんて、口が裂けても言えるはずがない。
早く王都の屋敷に到着しますようにと心の中で祈り涙しながら、私は流れていく窓の外の景色へ目を向けた。
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