ヒロインの結末 3
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「ああ、堅苦しい態度はやめてほしい。ゼインなんてこの態度だぞ」
邪魔されたことに対し、不服そうな態度を隠そうとしないゼイン様を明るく笑ったのは、この国の王太子であるサミュエル殿下だった。
小説ではいずれ王位を継ぐ彼の名前は、何度か出てくる程度だったけれど、賢王として歴史に残るほどの方だったはず。
輝くような美貌も相まって、民達からは既に慕われている。決して口に出せないけれど、現国王陛下が早く退位することを祈らずにはいられない。
「グレース嬢、先程は父がすまなかった。気を悪くしただろう」
「い、いえ! 問題ありません」
穏やかな口調で申し訳なさそうな顔をする殿下に、両手を振って慌てて否定する。
「ありがとう。私はゼインとは学生時代から仲が良くてね、今後ともよろしく頼む」
「はい、こちらこそ」
ゼイン様も仲が良いというのを否定せず、三人の間には気安い空気が感じられた。
「こんな時に悪いが、例の件で少し話がしたい」
殿下はさっと辺りを見回した後、私達にしか聞こえない声量で囁く。
例の件というのが何なのか分からないものの、ゼイン様の表情が変わったことから、重要な話に違いない。私が聞いていい話ではないだろうと、この場を離れようとする。
けれどゼイン様はこちらへ視線を向けた後、再び殿下に向き直った。
「申し訳ありませんが、俺は──」
「ゼイン様、私は大丈夫です。あちらにプリシラ様のお姿を見つけたので、少しお話をしてまいります」
「だが、何かあっては困るだろう」
「これだけ大勢の人がいますし、エヴァンや護衛の方々もいるので平気ですよ」
私のことを気遣い、断ろうとしたゼイン様の背中を押す。会場内には陛下にも許可をいただいた上で、招待客に紛した護衛がいる。
実はエヴァンも雰囲気を変えて側にいてくれているはずだから、問題はないだろう。
「……分かった。なるべくすぐに戻る」
「はい、お待ちしていますね」
「グレース嬢、すまない。なるべく早くゼインを返すよ」
よほど大事な案件らしく殿下は眉尻を下げ、二人を連れて別室へと移動した。
三人を見送った後、私はプリシラ様の元へ向かう。
「あれは……」
そんな中、テラスから外へ出ていく人影が視界の端に見えた。長く美しい茶色の髪と整いすぎた横顔から、すぐにシャーロットだと気が付く。
もう帰るつもりなのか、厚手の上着を着ている。この機会を逃せばもう彼女と話せなくなる気がして、私は急ぎその姿を追いかけた。
後ろからエヴァンが着いてきてくれているのを確認しながら、外へと出る。
灯りに照らされた静かで美しい庭園をかけていくと、やがてシャーロットの姿が見えた。
「シャーロット様!」
立ち止まって欲しくて必死に声を張り上げると、ぴたりと彼女は足を止める。
ゆっくりと振り返り、エメラルドに似た瞳と視線が絡んだ。
「…………っ」
これまで見たことがないほど冷え切った眼差しに、心臓が跳ねる。
彼女の表情や視線からは強い怒りが感じられ、ぞくりと鳥肌が立った。
「グレース様、どうされたんですか? 私に何の用でしょう?」
口角はわずかに上がっているけれど、目は全く笑っていない。
声だって記憶にある愛らしいものではなく、低くて淡々としたものだった。
「どうしてもシャーロット様とお話がしたくて」
「今更何を話すおつもりで? ああ、自慢話でもしにきたんですか?」
自嘲するようにそう言ってのけたシャーロットは、こちらへ向かってくる。
私はこの場から動けず、彼女を見つめ返すことしかできない。
「悪女キャラのくせに、私からゼイン様も聖女の力も奪ってさぞ気分が良いでしょうね」
「そんなこと……!」
「じゃあ何? 私のことを嘲笑いにでも来たわけ? その顔でいつまでも良い子ぶって、本当に気持ちが悪い」
私の知るヒロインのシャーロットとは態度も口調も雰囲気もまるで別人で、彼女もまた転生者なのだと思い知らされる。
シャーロットは私の目の前で足を止め、温度のない瞳で私を見つめた。
「それで? 何が言いたいの?」
「……私を殺すよう、イザークさんに言ったのはあなたなの……?」
「は?」
私の問いに対して、シャーロットは大きな目をさらに見開く。まるで初めて聞いたという反応で、こちらまで動揺してしまう。
彼女を見る限り、演技をしているようには見えない。
「……それ、イザークが言ったの?」
「え、ええ。あなたとゼイン様が結ばれるためには私が邪魔だから、殺すって」
「嘘よ、絶対に嘘! イザークがそんなことを言うはずがないもの!」
突然シャーロットは大声を出し、私の両腕を掴んだ。
先程までの余裕はもうどこにもなく、爪を立てて腕をきつく掴む手に込められた強い力からも、それが感じられる。
エヴァンや護衛達には私が「助けて」と言うまで出てこないよう、伝えてあった。
「今度は私からイザークまで奪うつもりなの? そんなこと、絶対に許さないから!」
「違います! 嘘なんて吐いていません!」
必死に否定しても、シャーロットが信じてくれる様子はない。
彼女とイザークさんの関係について、私は何も知らない。けれどシャーロットは、彼を心から信用しているようだった。
「返してよ! 全部、私のものだったのに! ずっとゼイン様が好きだったのに……!」
「…………っ」
「大好きな小説の世界のヒロインになって、ゼイン様と幸せになれると思ったのに! 今度こそ私を一番に愛してくれる人ができるんだって、信じてたのに!」
ぽろぽろと大粒の涙を流すシャーロットの言葉全てが突き刺さって、どうしようもなく苦しくなった。