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ヒロインの結末 2



 思わず口からは「え」という声が漏れる。


 手紙の返事もなく、この二週間ずっと屋敷から出ていなかったというシャーロットがこの会場に来ているなんて、想像すらしていなかったからだ。


「頑張って。お幸せにね」


 ランハートはひらひらと手を振り、去っていく。どうか誰よりも優しい彼だって幸せになってほしいと思いながら、その背中を見送る。


 私は隣に立つゼイン様を見上げると、今しがた聞いたことを伝えた。


「とにかく君は絶対に俺の側から離れないように」

「分かりました」


 ひとまずシャーロットの姿を探そうとするのと同時に、陛下の入場を知らされた。


「我がシーウェル王国の建国を祝って──……」


 王妃様と共に笑顔で現れた陛下は、中央の階段の上で挨拶を行う。


 その途中で一度口を閉ざし、何かを探すようにホールの中を見回していく。やがてその視線は私へと向けられ、ぴたりと止まった。


「そして我が国には、素晴らしい聖女が現れた! 実にめでたいことだ」


 陛下は「なあ、グレースよ」と言い、会場中の視線が私へと向けられる。


 覚悟はしていたものの、こんな形で注目を浴びることになるとは思っていなかった。


 周り全てから強い圧が感じられ、緊張で金縛りにあったみたいに身体が強張る。


 けれどゼイン様が私の背中に手を添え「大丈夫だ」と優しい声で言ってくれたお蔭で、私はしっかりと顔を上げることができた。


「ありがとうございます、光栄の至りです」

「ははっ、そうか。ぜひその力を皆にも見せてはくれないか」


 陛下は皆に「も」と、さも自分は既によく知ったように言ってのける。私が陛下と顔を合わせるのは、あの舞踏会以来だというのに。


 それでも断れるはずもなく、私が「はい」と返事をすると、陛下は自身の口元の白い髭に触れながら満足げに笑った。


「入れ」


 そんな陛下の声を受け、会場の扉が開く。すると両脇を抱えられ、苦しむ一人の男性がホールへ入ってきて、会場は一気にどよめきだす。


 男性の右足は膝まで騎士服がたくし上げられており、真っ黒に黒ずんでいる。一目見た瞬間、それが瘴気によるものだとすぐに分かった。


「この者はつい先日、瘴気を浴びてしまったそうだ。ベイエルの街ごと浄化してのけたグレースであれば、これくらいは簡単だろう」


 陛下は大勢の前で、男性を治してみせろと言いたいのだろう。


「…………っ」


 男性の息は浅くとても辛そうで、胸が締めつけられる。私は招待状が届いてすぐに参加の返事をしていたし、陛下だって知っていたはず。


 間違いなくもっと早く、男性を治療することも可能だった。けれど陛下は、この「見せ物」のためだけにそうしなかったのだろう。


 ふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じながらも、必死に堪える。隣に立つゼイン様も静かに怒っているのが分かった。


 男性の側へと移動し、その前に跪き、黒ずんだ足にそっと触れる。


「もう大丈夫ですからね」


 笑顔を向け、どうか治りますようにと祈りながら、手のひらから魔力を流していく。


 この二週間ずっと練習していたことで、聖魔法もかなり扱えるようになっていた。


『魔力切れで魔物の巣穴に落ちて死ぬかと思いました、ははっ』

『もう! お願いだから本当に気を付けて!』


 魔物の討伐から帰宅した、全身傷だらけ血まみれのエヴァンの治療もしたし、これくらいのものであれば問題なく浄化できるはず。


「……これで、無事に浄化されたと思います」


 やがて男性の足は元の色に戻り、汗が浮かんでいた青白い顔色も良くなっている。


 男性だけでなく、彼を支えていた同僚らしき騎士達も驚いた表情を浮かべていた。


「あ、ありがとうございます……! 小さな子どももいるのに、もう騎士として、やっていけないと思っていて……」


 時折、言葉を詰まらせながら話す男性の目には涙が滲んでおり、こうして治すことができて良かったと心から思った。


「まあ、完全に浄化されたわ……!」

「本当にグレース様が聖女だったとは」


 会場内も騒然となり、まばらに拍手なんかも聞こえてくる。


 陛下のやり方は許せそうにないけれど、噂好きな貴族が大勢集まる場で認められれば、この先もう能力を疑われることもないだろう。


「おお、グレースよ! 見事なものだったぞ。これからも我がシーウェル王国のために、その力を振るっておくれ」


 満足げに拍手をする陛下に、同意の意を込めたカーテシーをする。


 私は元々陛下を良く思っていないし、信用もしていない。けれど今後、効率良く浄化をして回るには国の指示のもとで行動をした方がいいはず。


「さあ、今宵はシーウェル王国の建国と新たな聖女の誕生を祝い、大いに楽しんでくれ」


 陛下の声に対し、グラスを手にした貴族達は「シーウェル王国万歳!」と声を上げた。


 なんとか無事にやりきったと安堵した私に、ゼイン様は優しい笑みを向けてくれる。


「よく頑張ったな」

「ゼイン様が側にいてくれたお蔭です、ありがとうございます。私、ゼイン様がいてくださるとなんでもできる気がしてしまうんです」

「……あまりかわいいことを言わないでくれないか」


 頬に触れられたかと思うと、反対側の頬に唇が軽く押し当てられた。突然のことに心底動揺しながら頬を覆うと、ゼイン様は楽しげに笑う。


 未だに私達を見ていた人々も多く、周りからは「まあ」「お熱いのね」なんて声が聞こえてきて、余計に顔が熱くなっていくのが分かった。


「君が俺のものだと、もっと周りに見せつけておかないと」

「……う」


 いただいたブレスレットだって、ちゃんと身につけているのに。


 結局、ゼイン様のことが大好きな私は嬉しいと思ってしまい、何も言えなくなる。


 かなり我慢して頬にしたそうで、これ以上があったのかもしれないと思うと、色々な意味で心拍数が上がっていくのを感じた。


「お前、いつから人前でいちゃつくような性格になったんだ?」


 呆れを含んだ声がして振り返ると、ゼイン様のご友人であるボリス様の姿があった。


 彼の背後には見覚えのある金髪碧眼の男性がいて、それが誰なのか思い当たった瞬間、私は頭を下げた。



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