ヒロインの結末 1
そして迎えた、建国記念パーティー当日。
しっかりと身支度をした私はゼイン様にエスコートされ、王城へと向かっていた。
「本当に落ち着かないんですが……」
「よく似合っているから大丈夫だ。俺が保証する」
私は今、ゼイン様が用意してくださった真っ白なドレスを身に纏っている。
過去に着ていた悪女らしさ満載の真っ赤なド派手ドレスなどとは対照的すぎる清楚なデザインには慣れず、そわそわしてしまっていた。
なんでも聖女は公的な場では純白の服を着るのが暗黙の了解らしく、今日は王城での催しである以上、必須なんだとか。
化粧はいつも以上にナチュラルなものだし、髪はゆるく後ろでひとつにまとめていて、真珠の飾りを散りばめている。
悪女時代のグレースを知る人が見れば、全くの別人に見えるに違いない。
「それにとても緊張していて……結局、聖女らしさについてはよく分からないままです」
「いつも通りの君でいいよ、民達に愛される聖女像そのものだから。俺が常に君の側にいるから、何も心配しなくていい」
「ありがとうございます」
今日まで私は聖女について学び直し、聖魔法の扱いについても練習してきた。
それ以外の時間はゼイン様と二人で過ごしたり、公爵邸へ様子を見にきてくれたヤナとエヴァンと会ったり。二人が連れてきてくれたハニワちゃんを交え、マリアベルとゼイン様と四人でお茶をしたりと、穏やかな時間を過ごしている。
──そんな中、シャーロットに「会って話がしたい」と送った手紙の返事はないまま。
アルがクライヴ子爵邸へ行って様子を窺ってくれたところ、シャーロットはこの二週間、一歩も外に出ず、屋敷に篭っているそうだ。
お茶会で他の令嬢との会話を聞いた限り、彼女はよく外出しているようだったのに。
イザークさんのことも私への殺人未遂の犯人として調べてもらっているけれど、そもそも彼の戸籍自体が存在しないという。
なんだか不気味で、より恐ろしくなる。それでも心強いゼイン様のお蔭で安堵した私は、窓の外に見える王城へ視線を向けた。
王城へ到着し、ゼイン様と馬車を降りた直後から、これまでに感じたことがないほどの視線が集まるのを感じた。
これまでもグレースは元々目立つ存在ではあったけれど、比べ物にならない。
そしてその視線は好奇の目や疑いの目と様々で、グレース・センツベリーをよく知る貴族達からすると、私が聖女になったなんて信じられないのだろう。
「やっぱり、まだ信じていない人も多そうですね。当然でしょうけど」
「だが、すぐに認めざるを得なくなるだろう」
ゼイン様はふっと笑い、私の手を引いて歩いていく。
入場をした後も常に刺さるような視線を感じたものの、みんな遠巻きに見ているだけで声をかけてくることはない。
そもそもグレースは同性からは嫌われているか怯えられているかで、異性に関しても下心があるような人だけだった。
「やあ、聖女様。今日はまた一段と綺麗だね」
「ランハート!」
そんな中、楽しげな笑みと共に声をかけてきたのはランハートだった。
今日も華やかな服装と派手なアクセサリーを身に付けた彼は、ギラギラしていて眩しい。
重い空気を感じていた分、心を許せる知人に会えたことで嬉しくなる。思わず彼の名前を呼んだ途端、ゼイン様の腕がしっかりと腰に回された。
「あはは、公爵様も相変わらずですね」
「君こそ」
二人は一応笑顔ではあるものの、その目は全く笑っていなくて冷や汗が出てくる。
私は空気を変えようと、慌てて口を開いた。
「私がその、悪魔に取り憑かれていたって話、広めてくれたんでしょう?」
「ああ、そんなこともあったな。俺はただ『俺が知るグレースは元々心の綺麗な良い子だったよ』って話しただけで、色々尾鰭が付いたんだろうね」
「そうだったのね。ありがとう」
そんな風に言ってくれたと知り、つられて笑みがこぼれた。社交界でも人気者の彼の影響力は底知れないし、間違いなくプラスになったはず。
「それに、もう逃げなくても良くなったんだ?」
「ええ」
まっすぐにアメジストの瞳を見つめながら頷くと、ランハートは「そっか」と言い、嬉しそうに微笑んだ。心から喜んでくれているのが分かって、胸が温かくなる。
彼には何度も助けられてきたし、感謝の気持ちでいっぱいだった。
「もしもあなたが困った時には、どんな時でも必ず力になるから」
手を取ってそう告げると、ランハートは目を瞬いた後、柔らかく細めた。
「ありがとう。聖女になったグレースがそう言ってくれると、とても心強いよ。それに君だけでなく公爵様のお力も借りられそうだし」
「ああ」
きっとこの場の空気を明るくしようと、ランハートは軽い冗談のつもりでゼイン様についても触れたのだと思う。
それでもゼイン様は、真剣な表情で頷いた。その様子からは本当にランハートの身に何かあった際、彼も力を貸すつもりだという意志が伝わってくる。
ランハートも一瞬戸惑った顔をしたものの、やがてふっと笑い、感謝の言葉を紡いだ。
その後、彼はなぜか私の耳元に口を寄せた。
「──さっき、シャーロット嬢を見かけたよ」