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真実 1



ベッドの上でグラスに入った水を飲み干した私は、ふうと息を吐いた。


「……人って、こんなにも眠れるものなんですね。まだ頭がぼうっとします」

「本当に身体が限界だったんだろう。しばらく大人しくしているべきだ」


 ゼイン様は空になったグラスを私の手から取り、近くのテーブルに置く。


 ──ベイエルの街で意識を失った私はウィンズレット公爵邸まで運ばれ、それから丸三日も眠り続けていたという。


 膨大な魔力を使い果たした際、過眠といった症状は珍しくないらしい。


 ゼイン様が見守る中、今から三時間前に目が覚めた私は改めて医者に身体に問題ないことを確認してもらい、ゆっくりお風呂に入って食事をとり、今に至る。


 問題がないとはいえ、しばらくは無理をせずに身体を休めるようきつく言われていた。


「だが、君にはいつだって驚かされるよ」


 隣に座るゼイン様は困ったように微笑み、私の髪をそっと掬い取る。その仕草や表情にどきりとしてしまい、つい目を逸らす。


「わ、私も本当にびっくりしています」


 目が覚めてからも信じられず、実はほんの少しだけ回復していた魔力で、こっそりと魔法を使ってみた。もちろん、ゼイン様には内緒で。


 すると手のひらからは金色の光が出て、現実なのだと思い知らされた。


「まさか私が聖女の力を発現するなんて……信じられません」


 ウォーレン様と話す中で新たな気付きはあったものの、私は転生してからずっとヒロインであるシャーロットにしか使えない力だと考えていた。


 何より悪女であるグレースなんて、最もかけ離れた存在だと誰もが思うだろう。


「そういえば、あの街はどうなりましたか?」


 エヴァンやマリアベル、ハニワちゃんは無事に帰宅していると聞いている。


 けれどその先までは、まだ尋ねていなかった。


「君が全て瘴気を浄化してくれたお蔭で、現在は復興作業にあたっている。このまま問題なく存続できるだろう」

「良かった……ゼドニークの騎士に襲われた人達はどうですか?」

「一部怪我人はいたが、あの光を浴びた者は全員怪我も治ったそうだ」

「えっ」


 つい驚いてしまったものの、確かに小説でもシャーロットの力により、グレースを含む怪我人は全て治癒魔法で癒してもらっていた。


 本当に自分がヒロインであるシャーロットの立場になっているのだと実感して、言いようのない違和感や不安が込み上げてくる。


「……愛の、力」


 そう呟くと、ゼイン様は不思議そうに私を見つめた。


 ──ロザリー様が聖女の力に目覚めたきっかけが前公爵様を愛したこと、そして彼を救いたいと強く願ったことだと、ウォーレンさんは言っていた。


 私が目覚めたきっかけもゼイン様を愛し、彼を救いたいと願ったことだった。


 ──もしかすると『ウィンズレット公爵家の血族と愛し合う相手』に聖女の力は発現するのかもしれない。


 それを小説では「愛の力」と呼んでいたのだろう。


 やはりシャーロットが特別な存在なのではなく、主人公であるゼイン様が特別だったのだと今はっきりと確信していた。


「本当に、良かったです……」


 そこまで思い至った私の両目からは、はらはらと涙が零れ落ちていく。


 無事にゼイン様や街の人々を助けられたことには安堵したものの、小説の通りならまだ瘴気は溢れ続け、問題は尽きないはず。


 けれどそんな危機を解決できる力が、大切な人達を守れる力を得られたことが、何よりも嬉しくて安心していた。


「…………っ」


 ずっと、ずっと不安だった。


 私が端役の悪女として上手くできなかったから──主人公であるゼイン様を望んでしまったから、未来が変わってしまったのではないかと思っていた。


 そのせいで多くの人々が、大切な人々が傷付く未来が恐ろしくて、常に心のどこかで恐怖感や罪悪感を抱いていたのも事実で。


 様々な感情が溢れて、涙が止まらなくなる。


 これからも私はゼイン様の隣にいていいのだと思うと、どうしようもなく嬉しかった。


「……本当に、だいすき、です……」

「ありがとう。俺も君が好きだよ、何よりも」


 ゼイン様はそんな私を抱きしめてくれて、何度も何度も好きだと伝えてくれる。


 そして私は大好きな彼の腕の中で、しばらく泣き続けたのだった。



 ◇◇◇



 それから一時間ほどして落ち着いた私は、そっとゼイン様から離れた。


 今更になって大泣きしたことが恥ずかしくなってきて、目元が腫れて悲惨になっているであろう顔を隠すように俯く。


「すみません、最近の私は泣いてばかりですね」

「いや、俺の前ではありのままの君でいてくれ」

「……はい、ありがとうございます」


 どこまでも優しいゼイン様に小さく笑みが溢れるのを感じながら、大泣きしたせいで痛む目元に手をかざし、治るよう念じてみる。


 すると温かな光が手のひらから溢れ、痛みが引いていく。


「私、本当に聖女なんですね」

「ああ。間違いなくな」


 未だに戸惑う私を見て、ゼイン様はくすりと笑う。


「街で大勢の人間に目撃されたことで、国中どころか大陸中に君のことが広まっている」

「そ、そうなんですか……!?」


 聖女というのはとにかく特別で、どの国も喉から手が出るほど欲する存在らしい。


 私に対して嫌味な態度をとっていた陛下もあっさりと手のひらを返し「以前からゼイン様ともども私には目をかけていた」「回復し次第会いたい」なんて言っているんだとか。


 瘴気により魔物が増えていること、魔鉱水の減少も民達には既に広まっていたらしく、その不安も聖女の出現により払拭されているという。


「でも、大丈夫なんですか? これだけ評判の悪い私が聖女なんて、イメージが……」


 聖女というのは国の宝であり、平和の象徴だと聞いている。


 それが男好きの強欲悪女だなんてイメージは最悪だろうし、聖女の力が使えたとしても、民達から認められる気がしない。


 けれどゼイン様は「ああ」となんてことないように頷き、続けた。


「どうやら巷では、君はずっと悪魔に乗っ取られていたことになっているらしい」

「あ、悪魔に……!?」


 訳の分からない展開に耳を疑いつつ、話を聞いてみる。



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