棘のない薔薇 2
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そもそも親しくもない私を招待した時点で、妙だとは思っていた。
「へえ、立派な嫌がらせだね。それ」
ランハートがはっきりとそう言ったことで、予感は確信に近づいていく。
──けれどシャーロットが私に対して、嫌がらせをするなんて信じられなかった。
私の知るシャーロット・クライヴはこの世の誰よりも心が綺麗で優しい、女神のような女性だったからだ。
「でも、どうしてそんなことを……」
「ウィンズレット公爵様のことが好きだからじゃないの? 恋人である君に嫌がらせをする理由なんて、それだけで十分だって」
「…………っ」
「公爵様にその気がなかった以上、酔ったふりをして接近するなんて貴族女性がよくやる常套手段だし、それくらいしても俺はおかしくないと思うな」
二人がキスをしていると勘違いした際、一緒にいたランハートもやはりシャーロットがゼイン様を慕っていると確信しているようだった。
「……やっぱり、私に憧れていたというのは建前よね」
それでいて、舞踏会の日のこともヤナと同じ考えらしい。確実な証拠はないものの、シャーロットへの不信感が膨らみ、心臓が嫌な音を立てていくのを感じた。
「とにかくシャーロット様には気を付けてほしいと、お伝えしたかったんです」
「ありがとうございます。ダナ様のご忠告、とても助かりました」
私は小説も小説のヒロインのシャーロットのことも大好きだったから、こうして周りからの言葉がなければ、彼女を疑うことも難しかったはず。
聖女の力についてだけでなく彼女自身についても今後、注意していこうと思う。
「じゃ、ここからは楽しく話そうか。グレースは過去のやんちゃのせいで同性の友達が全くいないから、ダナ嬢も仲良くしてあげてよ」
空気を変えるように、ランハートは軽い調子でぱんと両手を叩く。
「ランハートの言う通りすぎて、ぐうの音も出ないわ」
「あはは、あっさり認めるんだ」
「ふふ、本当にお二人は仲が良いんですね。私で良ければ改めてよろしくお願いします」
それからは三人で楽しくお茶をしながら改めて自己紹介をしたり、ダナ様やその友人の令嬢達と王都にある流行りのカフェに行く約束をしたりした。
同世代の貴族令嬢との交流は新鮮で、学びも多い。ドレスなどの流行についてや気を付けるべき相手まで、無知な私にダナ様はひとつひとつ丁寧に教えてくれた。
貴族は付き合いが大切だとは知りつつピンときていなかった私も、その必要性を今更ながらに実感する。何よりこうして話をするのは、とても楽しかった。
あっという間に時間は過ぎ、帰宅する二人を門まで見送った後、自室へと戻った。
『俺にできることがあれば、いつでも言って』
帰り際にランハートがかけてくれた言葉は、とても心強かった。結局、私は彼に対してお礼らしいお礼もできていないし、いつか彼が困った際にはどんなことでも力になりたいと思っている。
「お嬢様、とても楽しそうでしたね」
「ええ。友達ってやっぱりいいなって思って。もちろんヤナも大切な友人、仲間だと思っているから! むしろ家族に近いかも」
「ありがとうございます。私もお嬢様が大好きです」
嬉しくなってヤナに抱きついた後、早速ランハートからもらった花束を花瓶に生けてもらおうとしたところで、ふと疑問を抱く。
「……他の男性からもらったお花を部屋に飾るのって、失礼なのかしら」
以前、ランハートから贈られたブレスレットが粉々になったことを思い出す。
するとハニワちゃんと庭園での戦闘の訓練から戻ってきたエヴァンが「大丈夫だと思いますよ」と、なんてことないように言ってのけた。
「十三本なら問題ないかと」
「どういうこと?」
「薔薇って、送る本数によって意味が変わるんです」
野草を食べて暮らしていた私は高価な花に縁がなく、初めて知った。
ヤナは意味があることだけは知っていたものの、各本数の意味までは知らないらしく、エヴァンがなぜ知っているのかも気になってしまう。
「十三本はどういう意味があるの?」
「それはぜひ、ご自分で調べてみてください」
唇に人差し指をあてて微笑むエヴァンには、やはり謎が多い。けれどそんなエヴァンも大好きで、大切な友人であり家族だと思いながら、私は頷いたのだった。
◇◇◇
数日後、私はメイドに図書館で借りてきてもらった、花言葉に関する本を読んでいた。
一本は「一目惚れ」で四本は「死ぬまで気持ちは変わりません」だったりと、どれも素敵でロマンチックでドキドキする。
ひとつひとつの意味を学びながら、やがて十三本と書かれたところで手を止めた。
「……十三本は、永遠の友情」
──異性にプレゼントするのは『友達でいましょう』という意味になる。
声に出して読み上げた後、胸の奥がひどく締め付けられるのを感じていた。
ランハートはどんな気持ちで、あの花束を贈ってくれたのだろう。
『俺にすればいいのに。大事にするよ』
『君が俺を好きになってくれたら、ずっと大切にする自信があるんだ』
『俺、結構本気で君のこと良いなと思ってるから』
本当はずっと、心の奥で引っかかっていた。彼が向けてくれていた感情は、きっと友愛だけではなかった。
それでもはっきりと好意を伝えられたわけではなく、その気持ちに対してきちんと返事だってしていない。
だからこそゼイン様と恋人になった今、どう接していいのか分からずにいた。きっとランハートは私の気持ちを察して、こうして伝えてくれたのだろう。
「……本当に、優しすぎるわ」
ランハートは軽薄に振る舞いながらも周りをよく見ている、愛情深い優しい人だ。
そんなランハート・ガードナーという人が、心から大好きだと実感する。
そしてこれから先も、大切な友人として彼と付き合っていきたいと心から思った。