棘のない薔薇 1
公爵領から王都へ戻り、いつも通りの日々へ戻っていた矢先、ランハートから女性の友人と共に侯爵邸を訪れたいという手紙が届いた。
彼が誰かと一緒に来るのは初めてで、一体誰なんだろうと思いつつ、ゼイン様にも伝えた上で了承するという返事を送った。
そして今日、約束した時間通りにランハートは我が家へとやってきた。
「やあ、久しぶりだね。元気そうで何より」
「お蔭様で。あなたも変わりなさそうね」
玄関ホールで出迎える中、ランハートの眩しさや色気にメイド達の顔が赤く染まる。
ランハートとは手紙のやりとりをしたり、何度か偶然社交の場で顔を合わせたりはしていたけれど、こうしてきちんと会うのは、二人で出かけた日以来だった。
「先日、誕生日だっただろう? 祝いに来たんだ」
「ありがとう、知っていたのね」
綺麗な薔薇の花束を受け取りながら、あまりにも絵になる光景に、ランハートほど薔薇の花束が似合う人がいるのだろうかと本気で思った。
「ごきげんよう、グレース様」
「ダナ様!」
ランハートの後ろから現れたのは、シャーロットのお茶会で出会ったダナ様だった。友人と一緒とは聞いていたものの、予想外の組み合わせに驚いてしまう。
とにかく立ち話もなんだからと、二人を客間へと案内する。そうしてお茶の準備をしてもらいながら、三人でテーブルを囲んだ。
「私も一緒で驚きましたよね。突然申し訳ありません」
「いえ、嬉しいです。お二人はご友人だったんですね」
「まあね。誕生日を祝いたいと思っていたけど、俺一人だと公爵様に怒られそうだし、彼女も君に会いたいと言っていたから一緒に来たんだ」
ランハートの交友関係の広さは流石だと思いつつ、彼の配慮に感謝の念を抱く。
それにしてもダナ様が共通の知人であるランハートと話をしてまで、私に会いたいと思ってくれていたなんて意外だった。
「あとこれ、もう一つプレゼント」
そう言ってランハートが近くに控えていたヤナに渡した紙箱には、見覚えがある。
「待って、それって一年待ちっていう幻の……!」
「そうそう、なんか有名らしいね。食べ物なら気軽に受
け取ってくれると思って」
その二つとない美味しさから、予約から一年待たないと買えないという幻のチーズケーキだった。ずっと気になっていたものの、諦めていた品だった。
そしてどこまでも気遣ってくれる彼は相変わらず優しくて、内心胸を打たれていた。
「ありがとう、すごく嬉しい! 大事にいただくわ」
「喜んでくれて良かったよ。君もようやく十八歳か、まだまだ若いね」
「ふふ、あなただって若いじゃない」
ランハートは私の五つ上だし、ほとんど変わらない。今年で二十三というのが信じられないくらい、ランハートは落ち着いていて、達観している感じがする。
「私からもささやかですが、受け取っていただけると嬉しいです」
「まあ、ありがとうございます」
次にダナ様もプレゼントをくださって、中身は貴族女性に大人気の化粧品ブランドの新作らしい。女性からこういったものをもらうのは初めてで、はしゃいで喜んでしまった。
前世では人にプレゼントをする経済的な余裕なんてなかったから、友人から何かをもらうことも意図的に避けていたのだ。
浮かれてしまう私を見てダナ様は驚いた反応をみせた後、眉尻を下げて微笑んだ。
「ランハート様が仰っていた通り、グレース様は本当にかわいらしい方ですね」
「グレースは誰よりもいい子だよ、俺が保証する」
二人がここに来るまで私について、どんな話をしていたのかは分からない。
けれど今のやりとりだけで、ランハートが私を心から信用し、良く思ってくれているのが伝わってきて、胸に迫るものがあった。
やがてダナ様はティーカップを静かにソーサーに置き、真剣な眼差しを私へ向けた。
「実はグレース様にお伝えしたいことがあって、こうしてお邪魔させていただきました」
「話したいこと、ですか?」
これまでの穏やかな雰囲気とは打って変わり、この場には緊張感が漂う。
私は膝の上で両手を握り、彼女の言葉を待った。
「……あの日、シャーロット様のお茶会に呼ばれた招待客は全員、過去にグレース様と大きなトラブルがあった人々だったんです」
「えっ?」
想像していなかった告白に、戸惑いを隠せなくなる。
確かに周りからの風当たりは強いと思っていたし、グレースが過去に相当な人数に対してやらかしてきたことだって想像はつく。
けれどあの場にいた全員──十五人ほどいた令嬢全てと大きなトラブルがあるなんて、確率としては明らかにおかしい。
「あの日参加していた方々と別の機会で会うことがあって、シャーロット様とほぼ関わりがなく、なぜあの場に招待されたのか不思議に思っている方もいたんです」
それでいて過去にグレースとトラブルがあったという条件の令嬢が二人もいたこと、彼女が一緒に参加していた友人も同じだったことで、不思議に思ったという。
その結果、他の参加者にも確認して回ったところ、マリアベル以外の参加者十六人全員がグレースと大きなトラブル──理不尽な嫌がらせに遭っていたと分かった。
何よりダナ様自身、シャーロットとは特段親しくはないそうだ。
「私を助けてくださったグレース様にあんな真似をしてしまったことを悔やんでいて……勝手なことをして申し訳ありません」
「い、いえ! 驚きましたが、謝る必要なんてありません。私に原因がありましたし」
全員とは関われていなかったため、私だけでは気付くことはなかっただろう。
罪悪感でいっぱいだという様子のダナ様にはもう気にしないでほしいと告げる一方で、自身の中で違和感が広がっていくのが分かった。