最高の誕生日 5
「本当にありがとうございます。肌身離さず着けて、一生大切にします」
「ああ。気に入ってくれたのなら良かった」
落ち着いた後、きちんと感謝の気持ちを伝えると、安心した様子で微笑んでくれた。
もしかするとゼイン様も、このブレスレットを渡すことに対し緊張していたのかもしれない、なんて思った。
「今日は本当に素敵な一日になりました! みんなからのプレゼントも嬉しかったですし……あ、そうだわ」
私は立ち上がるとテーブルの上に置いたままだった、アルからのプレゼントであるブローチを手に取った。
そして再びゼイン様の隣に戻ると、赤く輝くブローチのひとつを差し出す。
「良かったら一緒に付けてくれませんか? 何かあった時も安心ですし」
ゼイン様は手のひらのブローチを見た後、一瞬だけ虚をつかれたような顔をする。けれどすぐに「君がいいのなら分かった」と言って受け取ってくれた。
「ちなみに君に贈るよう、手を回したりはしていない」
「ふふ、分かっています」
「そうか。いつだって君を見つけて、守ってみせるよ」
ゼイン様は「だから」とまっすぐに私を見つめる。
「もう絶対に、あんな危険なことはしないでくれ」
「はい、その節は本当に申し訳なく……」
ゼイン様の言う「あんな危険なこと」が、魔道具を破壊しようとした時のことだとすぐに察して、私は深々と頭を下げた。
あの光がなければ、どうなっていたか分からない。
「それにしてもあの光は何だったんでしょう? ゼイン様のお力だったり……?」
「いや、あの光は間違いなく君が発していたものだ」
「えっ?」
目を開けていられないほど眩しかったこと、密着していたこともあって、私はてっきりゼイン様によるものだと思っていた。
やはり謎は深まるばかりだと頭を悩ませていると、ゼイン様はいつの間にか繋がれていた手をそっと離した。
「遅くまですまなかった、そろそろ部屋へ戻るよ」
そう言って立ち上がろうとしたゼイン様のシャツを、思わず掴む。
「……グレース?」
「あっ、ごめんなさい。その、離れたくなくて」
ゼイン様だって疲れているだろうし、こんな時間に引き止めるのは良くない。
そう理解していても、今日は甘えてしまいたくなる。
「誕生日の最後のわがままで、寝るまで側にいてくれませんか……?」
だからこそ、勇気を出してゼイン様にお願いをして、見上げた時だった。
ゼイン様のシャツを掴んでいた手を握られたかと思うと、ぐいと引き寄せられる。
「んっ……」
そして次の瞬間、唇を塞がれていた。
突然のことに驚く間もないまま何度も角度を変え、キスは深くなっていく。身体に力が入らなくなって、ベッドに押し倒された。
やがて唇が離れ、熱を帯びたふたつの金色の瞳に見下ろされる。私は息をするのも忘れ、ゼイン様から目を逸らせずにいた。
「俺がどれほど我慢をしているのか、君は分かっていないんだろうな」
「…………っ」
「君は俺を大層な人間だと思ってくれているようだが、俺だってただの男だ」
恋愛経験もなかった私は、ゼイン様に好かれていると分かっていても、女性として見られているという自覚がなかったように思う。
けれど今、どうしようもなく意識させられていた。
「愛する女性にこんな姿で縋られて、我慢できる男はどれほどいるんだろうな」
「ご、ごめんなさい……」
戸惑いながらも謝罪の言葉を紡ぐと、ゼイン様はふっと笑う。
そして音を立てて、私の目元に軽く唇を押し当てた。
「だが、今日だけは特別に君が眠るまで側にいることにするよ。俺だって一緒にいたい気持ちは同じだから」
「……ありがとう、ございます」
嬉しい気持ちや緊張で落ち着かなくなりながら、お礼を告げる。心臓はずっと、うるさいくらい大きな音で早鐘を打ち続けている。
ゼイン様は私の上から隣へ移動してベッドに肘をつき、至近距離で見つめ合う添い寝の状況になった。
ベッドの側の椅子に座ってもらうようなイメージをしていたから、こうしてじっと見つめられていると、いつまでも眠れる気がしない。
「眠っていいよ」
「添い寝なんてしていたら、ドキドキして眠れそうにありません」
「そうか。もっと触れ合えば気にならなくなるかもしれないな」
そんなことを言って、ゼイン様は再び顔を近づけてくる。何度か軽く唇が重ねられ、私はもういっぱいいっぱいで逃げ出したくなっていた。
「かわいい」
きっと今の私は林檎みたいに真っ赤で、涙目になっているに違いない。
ゼイン様の大きな手がこちらへ伸びてきて、優しい手つきで頬や頭を撫でられた。彼の全てから愛情が伝わってきて、これ以上ないくらい胸が高鳴る。
「グレースが眠くなるまで、何か話をしようか」
「いいんですか?」
「ああ。面白い話はできないが、君の聞きたいことがあれば何でも」
「じゃあ、子どもの頃のゼイン様のお話がいいです!」
「分かった」
それからゼイン様は、穏やかな声音で昔の話をしてくれた。
家族のこと、友人のこと、好きだったもの、苦手だったもの。どんなことでもゼイン様のことを知ることができるのは嬉しくて、じっと聞き入ってしまう。
心地良いゼイン様の声を聞いているうちに、少しずつ瞼が重くなっていく。
「……ゼイン様、大好きです」
「ああ。俺も好きだよ」
もう眠ってしまうというところでそう伝えると、ゼイン様は柔らかく目を細め、優しく頭を撫でてくれる。
最高の誕生日だったと私は幸せな気持ちのまま目を閉じ、夢の中に落ちていった。