星帝の帰還
邪悪な気配を感じ、俺は血の気が引いた。
やはり、あの男は世界聖書の封印から逃れ、外の世界に逃げていたのだ。しかし、いったいどんな方法で……?
――いや、今は詮索している場合ではない。
ヤツがこの島に乗り込んできた以上、激闘になることは間違いない。
「シックザール!」
一番ヤツを知るナハトが叫ぶ。
これで確定した。
あの不気味な笑い声と気配。そして、この凍るような空気はヤツだ。
「……ラスティさん」
不安そうに俺を見つめるスコル。いや、彼女だけではない。みんな俺に注目していた。 やるべきことは分かっている。
戦うしかない。
ヤツが――シックザールが直接乗り込んできたということは、それしかないということだ。
「俺とナハトで出る。……みんなは、いざとなれば城を脱出してくれ」
「わ、私も戦います!」
ルドミラが抗議するかのように鋭い視線を俺に向ける。その気持ちだけでもありがたい。
「守る者がいないと困る」
「で、ですが……」
「相手はあの星帝シックザールだ。さすがに束になって倒せる相手ではないさ」
「……分かりました、ラスティくん。ですが、無茶はなさらず」
ルドミラにみんなを任せた。
俺とナハトは外へ向かおうとしたのだが、スコルももついてくるつもりらしい。
「お、おいおい……スコル」
「わたしだけでもいないと困るでしょう? 治癒とか」
「……そ、それはそうなんだが……危険だ」
「危険は承知のうえです。それに、わたし……ラスティさんがいない世界なんて嫌なんです。あなたを最後まで支えたい。生きるも死ぬも一緒です」
真剣な瞳を向けられ、そこまで言われては断るわけにもいかなかった。……覚悟しているんだな。それに、俺は嬉しかった。
スコルがいれば、回復には困らないし……傍にいてくれるだけで元気をもらえるから。
だから、連れていくことにした。
「……そうだな。スコル、一緒に来てくれ」
「はいっ」
三人で外へ向かおうとしたが、今度はアイファがナハトを呼び止めた。
「ナハトさん。わたしも」
「ああ、俺たちの運命は常に共にある。決着をつけに行こう」
この二人は絆が深いな。……いや、俺とスコルだって負けない! って、今は対抗している場合ではなかったな。急いで外へ出ねば。
ルドミラたちと別れ、俺とナハト、スコルとアイファは城の外へ。
シックザールを倒す……!
◆
ヤツの姿は拠点内にはない。どうやら、外壁にいるようだな。しかも、正面に堂々と。 わざわざ侵入してこないのは、きっと俺かナハトを待っているからだろう。そこまで気を回してくれるとは、いったいどういうつもりなんだか。
「スコル、俺から離れるなよ」
「も、もちろんですっ! ちょっと緊張しますけど、がんばります」
「その意気だ」
ナハトとアイファの方も同様のやりとりがあった。俺たちなんだか似ているな。そんな場面に苦笑しながらも、俺は目の前の“気配”を睨む。
ヤツもこちらを不敵に見つめているように思えた。……いや、多分そうだ。
……ああ、間違いない。
俺は無人島開発スキルを発動し、正門を開けた。自動的に開く大きな扉。重厚感のある音が空へ響く。
そして、全てが開くと――そこには。
「…………」
神殿に射す朝霧のような銀髪を靡かせる男。その体躯は、大きく巨人のようだ。そして、かつて枢機卿を名乗り、本来の『星帝』を今は示している。だからだろうか、聖と星の狭間を歩む王のような装束をしていた。
以前とはまるで違う印象だ。
これがヤツの本当の姿――。
「星帝シックザール」
「……久しい。実に久しいぞ……ラスティ! そして、我が子供たちよ」
シックザールは、ナハトとアイファを見つめていた。我が子供たちだって……? なんの冗談だ。
そう思っているとナハトはゆっくりと前へ歩きながら怒りを露わらにしていた。
「ふざけるな。俺はお前を父親だとは微塵も思ったことがない。我が父は世界でただひとり。樵の戦士モルゲン・クライノートだけだ! 断じて貴様ではない!」
と、ナハトは明らかに否定していた。だけど、シックザールはただ笑い。真実を受け入れろと歩み寄る。
「ナハト。お前は禁断の恋をいつまで続ける気だ」
「……なんのことだ」
「そこの聖女、アイファは我が娘だ。つまり、お前の妹ということだ」
「…………な、なに。そ、そんなわけないだろ!」
「すべてを話してやろう、ナハト。お前は我が息子であり……そして、アイファは腹違いの妹なのだ。結婚は許されん」
衝撃の事実が明かされ、俺もみんなも呆然となっていた。……二人が腹違いの兄妹? そうなのか……?
「それは本当なのか、ナハト」
「違う! あんなクズ野郎が俺の父親なわけないだろう。あの男のウソに決まっている。だが、アイファはたぶん……そうだ」
アイファが!?
視線を向けると、口を噤んでいた。答えたくない、そんな態度が見て取れた。触れない方がいいのだろうが、今はそうもいかない。
「教えてくれ、アイファ。今から戦いになるんだ……実の父親と戦うかもしれないんだ。本当のことを話してくれ」
俺が聞くと、アイファは諦めたように口を開いた。
「……シックザールは、わたしの父です」
「…………なっ」
あの男が……アイファの父親? ウソだろう。今になってそんな……クソッ! どう戦えばいいんだよ、これから!
ナハトはある程度、理解しているのか取り乱すことはなかった。それでも立ち向かう気だ。つまり、最初から覚悟が決まっているってことか。
……なら、俺もやるしかない。
あの男を全力で止める
アイファに恨まれようとも、世界の為に。
「家族構成を明かしたところで怯まないぞ、俺は」
「……フン。ラスティ、貴様はなにも分かっておらぬ」
「なに……?」
この男はいったい、なにを――む?
シックザールは視線をアイファへ向けた。
「アイファ、我が娘よ……こちらに来い。そうすれば、三人の命は取らん」
「…………!」
まさかコイツ、最初からアイファを取り戻すために現れたのか。だが、次の瞬間、ナハトが魔剣ヘルシャフトを抜いていた。俺も続いてゲイルチュールを構えた。
そうだ。
もう覚悟は決まっている。
きっとアイファも。だから、答えはひとつ。
戦え!




