世界の混沌を望む者
スコルを呼び、『赤色閃光の聖書』の中身を見てもらった。確認だけなら封印を解けないとハヴァマールは言っていたし、大丈夫だろう。
さて、シックザールは中にいるのか。
「……どうだ?」
「いません。……消えています」
「なんだって!?」
シックザールがいない!?
でも、封印が解かれたわけでもないという。
封印自体はされているのに、ヤツの存在がない。……どうなっているんだ。
こんなこと、ありえるのか。
「おかしいです。出られないはずなのに」
繰り返すようにしてスコルは、これは普通ではないと言った。そうだ、つまり“異常”が起きたということだ。
「ハヴァマール、ヤツはなにか脱出する方法を持ち合わせていた――ってことか」
「うむ。そう考えるのがよさそうなのだ」
つまり、特殊なアイテムかスキル、あるいは世界聖書を使って抜け出していたわけか。
――クソッ、これでは意味がない。
「こうなったら、戦うしかないようだな」
「そうだな、兄上。ヤツを倒さぬ限り、世界は混沌と化すだけだ。止めねば」
やはり、一刻も早くカファルジドマ大帝国へ戻る必要があるな。だが、依然としてムジョルニア騎士団の脅威が存在している。
レスクヴァとシアルフィを撃退はしたが、また舞い戻ってくるかもしれない。そうなれば、次は決着をつけるがな。
◆ ◆ ◆
【カファルジドマ大帝国】
大帝国では騎士団長シアルフィとレスクヴァが“敗北”したと噂が流れ、騎士団の存続が危ぶまれていた。本当に国を守れるのか、騎士団が必要であるのかと。
「クソがッ!」
グラズヘイム城の広間でシアルフィは、そんな状況を耳にして激高していた。
「姉上……申し訳ない」
「レスクヴァ、次は二人で戦う。あの少年をこの手で必ず葬る」
「ラスティは、大聖女ボヘミア様を暗殺した男。必ずや倒します」
二人がそう誓う中で、ヘイムダルが静かに現れた。
「二人ともご苦労様でした。しかし、痛手を負ったようですね」
「ヘイムダル! あんたはなぜクソゲームをはじめた? なぜ、ヤツ等をわざわざ無人島に送ったんだ!」
シアルフィは不満気にヘイムダルに問い詰める。
「なぜ? 少し考えれば分かるでしょう。陛下のご意思だからです」
「……陛下の? しかし、安全な場所に逃がしたようにしか思えない」
戦うのであれば、カファルジドマ大帝国内部あるいは周辺で十分であると、シアルフィもレスクヴァも考えていた。
なのに、宰相も陛下も『無人島』を舞台に選んだ。
それが騎士団側からすれば腑に落ちないのは当然のこと。しかも、実際に戦ってみれば、ラスティは無人島開発スキルなどという特殊な能力を持っていた。
事前に知らされていた情報よりも遥かに強い力であったが故に、シアルフィは余計に不満を募らせていたのである。
「そのような考えは危険ですよ、シアルフィ。あなたは騎士団長としての責務を全うすればよいのです」
「……了解だ」
シアルフィは背を向け、レスクヴァと共に去っていく。
広間に残るヘイムダルは、城の外を眺めた。
外では、今日も自由騎士や原人が物資や命を奪い合っている。
この世界はあまりに残酷であると、ため息をつく。
「……シックザール。あなたは全部間違っている。あの無人島に『塔』を建てるなど……世界を壊す気なのですか」
ヘイムダルは分かっていた。
あの男は世界を破壊しつくし、新たな世界を作る気なのだと。
そんな未来は望んではいない。カファルジドマ大帝国は本来、殺し合いなどせず、みな自由に、平等にあるべきだとヘイムダルは感じていた。
だからこそ、ラスティに“託す”ことにしたのである。
あの少年ならきっとシックザールを倒せると。
オーディンの息子である彼ならば――。




