カファルジドマ大帝国の皇帝の名
少し経ち、ハヴァマールが俺を部屋の隅に呼んだ。
「兄上、気をつけるのだ」
「なにを?」
「あの騎士に。情報が全て正しいとは限らんのだ」
言われてみればそうだ。
アイツが真実を語ろうとも偽情報の可能性もあるわけだ。それ以前に、ウソをつくかもしれない。
でも、それでも俺はあの男――キリアンを信じたい。
ヤツは妻がいると言っていた。だからきっと。
「話がしたい……」
ふと背後から声がした。
キリアンだ。自ら俺の元に来るとはな。
振りむくと、そこには真剣な表情のキリアンの姿があった。だいぶ顔色がよくなったな。
「やっと話す気になったか」
「……ああ。もう大帝国なんてどうでもいい……。結局、ヘイムダル宰相も……陛下も、俺たちを使い捨ての駒くらにしか思っていないんだ」
それを証拠に援軍が来ないと嘆くキリアン。
一理あるな。
コイツ等が戻ってこないことを向こうも感づいているはず。なのに、今のところ誰一人としてやってこない。
つまり、このキリアンも外で飢え死にしそうなジョセフも見捨てられた可能性が高い。
「で、指示はヘイムダルが?」
「……皇帝陛下の命令だ」
「皇帝か……。どんなヤツなんだ?」
「それが顔が分からないんだ」
「マジか」
「常に仮面をつけている。だから素顔は誰も見たことがないんだ」
そういうことか。
それにしても、ヘイムダルの命令ではなく……皇帝の命令か。当然といえば当然だろうけど。
「ヘイムダルは悪者か……?」
「……いや、あのお方は悪ではない。むしろ、我々騎士を優遇してくださった!」
「部下には優しいというわけか」
あのルーカンにも信頼を置いているようには思えたしな。
だけど、ヘイムダルは俺たちをこの未知の無人島に飛ばした――はずだ。
明確には覚えていないけどさ。
「悪で言うなら、陛下の方だろう。民のほとんどを『原人』扱いだぞ」
そういえば、そうだったな。
国に入って直ぐのエリアは、服がボロボロな人間ばかりだった。まともな装備すらしていない。
そうか、あのルールを設けたのは皇帝か。
「あのぉ、ラスティさん」
「ん? あ、スコル」
「お話が長くなるようでしたら、あちらのテーブルでいかがですか? 紅茶も淹れましたので」
おぉ、気が利くな。
テーブルには既にムスペルの姿が。
俺たちも座って話をしよう。
着席すると、ムスペルは笑顔を浮かべていた。その視線は……キリアンを見ているような。
「…………」
「……な、なんでしょうか」
「キリアンさん、あなたに予言を」
「……予言、ですか」
「あなたに“不幸”が訪れます。気をつけて」
「え…………」
おいおい、ムスペルのヤツ……それは不穏すぎるぞ。
でも、予言だ。外れる場合もある。……たぶん。
「それより、話の続きだ」
「そ、そうだな……」
キリアンは腰を下ろし、まずは紅茶を一口。味に驚いていた。こんな美味しい紅茶は飲んだことがない――と。
そりゃそうだ。
スコルの淹れる紅茶だぞ。一滴も残さず味わって飲めよ~。
「では、余から質問するのだ」
と、ハヴァマールが鋭い目つきでキリアンを見つめる。
「……な、なんだ?」
「皇帝の目的は? なぜ、兄上を狙う!」
「…………せ、世界統一の為だろう」
「なッ!?」
お、おい……その目的はまるで――シックザールのような。まさか、ヤツが皇帝なのか……? そんなバカな!
そもそも、アイツは封印されているはず!
この世界に出てこれない。
今も俺の『赤色閃光の聖書』の中だ!
「まだ皇帝の名を聞いていなかったな。教えてくれ」
「……いいだろう。カファルジドマ大帝国の皇帝の名は……」
キリアンはその名を口にした。
ハッキリと『シックザール』と。
「…………な、に」
「シックザール陛下は、黄金を生み出す腕輪『ドラウプニル』を持ち、莫大な富を築いた逸話がある」
ありえない……そんなの、ありえない!
「……そ、そんな。だって、そのお方は……」
スコルでさえも、シックザールは俺が封印したと理解している。なのに、なぜその名前が出てくるんだ……!
俺は確かに『赤色閃光の聖書』の中にヤツを封印したんだ!!
だから命令だって下せないはず。
そもそも、なぜ大帝国の皇帝なんだ……!
……じゃあ、ヘイムダルはいったい……!?
「どうなってんだ。おい、キリアン! 本当だろうな!?」
「本当だ。俺は全部、真実を語っている」
となると、黄金もシックザールが……!
全部、あの野郎が!
これは大至急でカファルジドマ大帝国へ戻らねばならないようだな。ヤツだけは絶対に止めねばならない!
段々と理解してきた。
今のこの異様な世界は全部シックザールが仕組んだことなのだと。
俺はアイツのてのひらの上で踊らされていたのか……!
そうは思いたくはない。
でも。
ヤツの思い通りにさせてなるものか。このままでは、全人類が物資を奪い合うような世界になってしまう!
危惧していると、ムスペルさんが叫んだ。
「……! ラスティさん、外に気配が」
「なに!?」
ジョセフが逃げ出したか?
いや、違う。
この気配は……今までとは違う、強い力を感じる。今度は本気ってことか。
戦うしかない。やらねば、やられるだけだ。
だから――!




