大聖女の暴走と呪い
「――で、なにから話してくれるんだ?」
一応、警戒しながらも俺はヘイムダル宰相に視線を送る。
しかし、彼女は無防備すぎるほどの微笑みを返してくる。……なんだか、調子が狂うな。てか、妙に懐かしさも感じるんだよなぁ。
なんだろう、この気持ち。
「では、世界から」
「世界はひとつだったんだろ。それは知ってる」
「ええ、その認識で構いません。ですが、偉大な神がこの世界を創造されたんですよ」
「へえ……? オーディンか?」
「……いえ、オーディン様よりももっと高次元の存在ですよ」
そんな更に上のヤツがいたのか。
つまり、オーディンだとかそういう神々は思ったより上位ではないんだな。
じゃあ、ハヴァマールは?
――いや、今はいいか。
「どんなヤツなんだ?」
「名前を言ってはいけない方なので」
「な……なんだそりゃ。教えてくれないのか」
「ええ。残念ながら」
どうやら、その創造神には触れてはいけないようだな。別に気になることでもないので俺はスルーした。
「なんで世界はバラバラになった?」
「魔王が出現したからです」
「魔王が……魔王ドヴォルザークか!?」
「ええ。魔王は『破壊の書』を作り上げ、世界を分断したのですよ」
――そや、そんな書があったな。親父が持っていたのを覚えている。つか、親父が作ったと言っていたはずだ。
クソ親父――いや、魔王の野郎、なんてことしやがったんだ!
「なんの得があったんだかな」
「世界をバラバラにすれば、反抗勢力もそれだけ減りますから。それに、身を隠すにも都合がよかったのでしょう」
「この世界か……」
「そうです。かつて魔王はこの世界に君臨していた――そうでしょう?」
「……なんで知っているんだよ」
「フフ。それは秘密です」
なーんか引っかかるな。
気になるところだが、さっさと次を聞きたい。
「黄金のことも教えてくれ」
「……ああ、今この世界で起きている“黄金の暴走”ですね」
「なにが原因なんだ?」
「その答えは簡単です。ボヘミア様の力でしょう」
「……! そうだ、ルーカンが言っていた。俺が殺したって……でも、あんたは否定したよな。つまり、俺は無実だ」
そう聞くと、ヘイムダルは静かにうなずいた。
「先ほども申し上げたように、あなたを呼び出すためでした。犯罪者扱いしてしまい、申し訳ありません」
「わかったよ。で、ボヘミア様の力って……」
「全てを黄金に変える力です。大聖女様はかつて、このカファルジドマ大帝国を『黄金都市』として開国したのです」
お……黄金都市。そりゃすげぇ壮大な話だ。
この大帝国丸ごと黄金だなんて信じられねえ話だが、しかし――この世界で、その光景を何度も見てきた。特に『エチェナグシア』では黄金に染まっている街並みを、この目で実際に見た。
「そういうことか。だけど、なんで力が暴走しているんだよ」
「大聖女様は今、深い眠りについています。……ある呪いで」
「呪い……?」
「星帝シックザール、といえば分かるでしょうか」
「……! そこで繋がるのか、シックザールに」
「ええ」
すべての元凶は星帝シックザールってワケか。まあ、魔王も大概だけどなっ。
しかし、魔王ドヴォルザークはすでに倒した。
だとすれば……ヤツが倒すべき敵ということだ。
封印しただけではダメだったんだ。
「シックザールを倒せば黄金は止まる、というわけだな」
「その通り。大聖女ボヘミア様の呪いを解除しなければ、この問題は永遠に解決しません。それどころか、世界全体が黄金によって終焉を迎えることでしょう」
……なんてこった!
まさか封印を解かねばならなくなるとは……!
そんな厄介なことになるとは思わなかったぜ。さて、どうする……?
赤色閃光の聖書から、あの男を出すべきか。
悩んでいる時だった。
「ヘイムダル宰相!!」
誰かの叫ぶ声がした。
ん、これはルーカンか……?
「なんですか、騒々しい」
「……あなたは間違っている。その男、大罪人ラスティを処刑すべきだ!」
誰かを人質のようにして連れてくるルーカン。
――って!
「スコル!」
「ラスティさん……!」
あの野郎、スコルを!
やってはならんことを!
普段は温厚な俺も、さすがにこれはブチギレだ。許せん!
「ルーカン、お前!」
「動くな、大罪人! 一歩でも動けばこのエルフをころ――」
「ホーリークロス!!」
突然、スコルは聖属性魔法をルーカンに向けて放っていた。って、えぇ!?
「――ぶぎゃああああああああああああああ!?」
ずっどぉんと吹っ飛んでいくルーカンは、壁に激突。気絶していた。
「ス、スコル……?」
「ラスティさんのことをまた悪く言った罰です。それに殺すなんて言葉は乱暴すぎです!」
「な、なるほど!」
そうか、俺が思っている以上にスコルは成長しているんだな。もう過去のようにただ人質にされるか弱い聖女ではない。
それに、俺の為になんて嬉しいじゃねえか……!




