冥界の狭間(ニヴルヘイム)より交信
「黒いスライムか――!」
バカデカイ大剣を構え、テオドールのペット『マーダースライム』に切りかかる重騎士ケニング。なんて筋肉と筋力だ。
血を吸わずとも、その威力は確かなようで……一撃で撃破していた。
マジか!
「テ、テオドールのペットが……」
「ぬ、ぬぅ。念属性のスライムに物理ダメージを与えるとは……あの重騎士の剣はヤバいな」
スライムの残骸を切なそうに見つめ、珍しく涙を流すテオドール。可愛いペットが散ったのだから……辛いよな。
やはり、ここは俺が戦うしかないのか。
「どうした。その程度なのか!」
「仕方ねぇ。スライムの仇を討ってやる」
「スライムぅ? それより、自身の心配をしたらどうだ……ラスティ。次の瞬間にはお前の首と胴体は別れているだろう」
そりゃヤベェな。
もちろん、俺はヤツには近づかない。遠距離攻撃で凌ぐ。いや、倒す!
血の一滴でも吸われれば、あの大剣は攻撃力を倍増させるはず。となれば、手がつけられなくなる。その前に撃破だ。
今回、武器は使わない。
俺の十八番である『覚醒無人島開発スキル』でヤツを叩きのめす。
「大砲を設置!」
「む……!? なぜ、大砲が目の前に――ムゥ!?」
ドォンっと鉄球弾が発射されると、ケニングに向かっていく。最初は驚いていたが、剣で直ぐに応戦。真っ二つにしていた。
「さすがの切れ味か……!」
「これは驚いた。いきなり大砲が現れるとは……ラスティ、お前は特殊な能力を持っているようだな」
「まあな。いちいち種明かしはしないけど、次は『落石』だ!」
空から石を降らせ、俺はさらに鋼鉄チェーンを生成。コイツが最近では大活躍だからな。ぐるぐる巻きにする方が早い。
――だが。
「その程度!」
ケニングは、魔剣ダーインスレイヴをブンブンと振り回し、俺の落石の雨を全て跳ね返した。そして、更に素早く動くや鋼鉄チェーンも切断。
まさかの動きに俺は一瞬固まった。
この野郎……なんて動きをしやがる!
「ならばこれだ! 木壁!」
とりあえず、目の前に木の壁を生成。しかし、それも粉砕された。……木製ではダメか。
「ラスティ、このままでは危険だぞ」
「テオドールも手伝ってくれ」
「……残念だが、マーダースライムを殺された悲しみと痛みが当分消えそうにない。ショックで動けん」
ペットロスってヤツか。気持ちは分からんでもないが――命を狙われている以上、今はそんな場合でもない気が……!
ええい、俺がなんとかしてやる!!
「油断したな、ラスティ!」
「んなわけあるか。ケニング、お前を倒す!」
「お前には分かるまいよ、辺境の村を追放された者の気持ちなど!!」
「あ? 俺なんか帝国を追放されたことがあるぞ。無人島に流れ着いて――いや、強制転移させられてなにもかも失った。それに比べたら、お前はたいしたことないね!」
「そうであったか。だがしかし、お前は大罪人! 俺以下のカスだ!」
ひでぇ~…!
なんかムカついてきたぞ。
なかなか強敵だが、倒せない相手ではない。
もっと考えろ、俺。
この大男をぶっ潰す方法を――!
『――ラスティ。……ラスティよ。我が声を聴け……』
……!?
この声は、どこかで……!
いや、まさか!
(親父なのか!)
『そうだ、ラスティ。私は今“冥界の狭間”より交信している』
(あの前に迷い込んだ謎空間か……)
『ああ。お前は私を置いていってしまったがな』
断じて置いていったのではない。
真の魔王になれと勧誘されたから、断ったんだ。誰が魔王になるかってーの。なんのメリットもないし、人類の支配に興味もなかった。
(で、なんの用だよ?)
『お前はとうとう、この“はじまりの地”カファルジドマ大帝国にたどり着いた。ならば、真の力を発揮できよう』
(真の力だと?)
『聖魔大戦。お前にいつか話したことがあったろう……。槍の王の神話はすべて事実。魔王誕生も、なにもかもがな』
(懐かしい話を……なんの関係が?)
『おおありだ。あの大戦は“不老不死”の探求であった。そして、すでに勇者パーティの三人がそれを実現しておる』
ルドミラ、エドゥアルド、テオドールだな。
今になって、この話を聞かされるとは。
――いや、つい最近もテオドールが神器の話を――俺に。
(……!)
『察したようだな、ラスティ。そうだ、お前の“真の力”を開放するには神器エインヘリャルを移植する必要がある。そして、お前は魔王ではなく『オーディン』となるのだ』
(オ、オーディンに!? まてまて、前は魔王になれだの言っていたクセに)
『それはそれ、これはこれだ』
んな身勝手な!
結局親父はどうしたいんだかな。世界をめちゃくちゃにしたいのか、正しい方向へ導きたいのやら……もう意味不明だ。それとも何か、気分屋なのか?
(どうして手を貸してくれる。なにか裏があるのか?)
『神とは常に気まぐれだ。善にもなり、悪にもなる。お前の無人島だった国も、ある偉大な神が創造した産物。しかし、その神は直ぐに島を放棄した。神とはそういうものだ』
そうだったのか。
確かに、神はなんでもしてくれるわけでもない。祈っても助けてくれないことの方が多い。……自分を救えるのは自分だけ。
それと家族や仲間――これも大切だ。
……仕方ないな。また親父の手のひらに踊らされるかもしれないが――今この状況を打破する方法はそれしかないらしい。
「テオドール。以前の話……承諾する」
「……お? 突然だな。だが、やっと決断したか! ラスティ、神器エインヘリャルをお前に託す!」
「で、どうやって受け取ればいいんだ?」
「私の神器はルドミラの瞳、エドゥの下腹部のような場所ではない。心臓の位置にある。この【Ψ】を移植する――!」
だからどうやって――って、まさか!!




